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『彼女は死んでも治らない』大澤めぐみ 個性的な文体が冴える「コージーミステリー」

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大澤めぐみ作品が光文社から登場

2019年刊行作品。2016年に『おにぎりスタッバー』で商業デビューして以降、
『ひとくいマンイーター』『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』『君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主』と、角川スニーカー文庫から作品を上梓していた大澤めぐみの、初一般レーベル作品である。

光文社文庫での書下ろし作品。イラストは焦茶が担当している。

彼女は死んでも治らない (光文社文庫)

初一般レーベル作品!とは言いながらも、イラストが入ったキャラクター紹介ページがあり、章の扉にもイラストが入りと、見せ方としては多分にライトノベルを意識したものとなっている。本ブログのカテゴリ的には、悩んだけどライト文芸に分類しておいた。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

大澤めぐみ独特の、饒舌な一人称文体を楽しみたい方。本格ミステリをベースにした、変化球的な作品を読んでみたい方。ちょっと(かなり?)特殊な設定のミステリを探している方におススメ。

あらすじ

学園一の美女にして、才媛としても知られる蓮見沙紀が校内で殺害された。沙紀に対して異常なまでの執着を示す神野羊子は、幼馴染の昇と共に事件の捜査に乗り出す。犯人は誰なのか?目的は何なのか?そして犯行方法は?彼女の命を「救う」ため、今日も羊子の推理が冴えわたる。果たして沙紀の運命は?

ここからネタバレ

犯人を推理すれば死者復活!

本作の最大の特徴は「犯人を推理して正解すれば死者が生き返る」点にある。

被害者の蓮見沙紀(はすみさき)は犯罪者を引き寄せてしまう特殊体質であり、幼いころから数限りなく何度も殺害されている。しかし、親友である神野羊子(じんのようこ)が、犯人を推理して正解すると沙紀は蘇ることが出来る。そんな無茶な!とツッコミたいところだが、そういう設定なのだから仕方がない(笑)。

木元哉多の「閻魔堂沙羅の推理奇譚」シリーズは、被害者が自分を殺した犯人を推理して正解したら生き返ることが出来る設定だったが、『彼女は死んでも治らない』はこの設定に近いかもしれない。超自然的な要素が絡む特殊設定ミステリである。

では、以下各編を簡単にご紹介していこう。

ちなみに、各話のサブタイトルからは、どことなく霧舎巧の「私立霧舎学園ミステリ白書シリーズ」を想起させられるのだが、狙っているのだろうか?

四月はドキドキの首なし密室

蓮見沙紀は首を切断され、逆さ吊りにされ、密室の中で発見される。事件現場は高校の旧部室棟。

衝撃的な始まり方に見える。しかし凄惨な殺害現場であるにもかかわらず、主人公の神野羊子は、日常の延長であるかのように落ち着いて事件の推理を開始する。これによって、この物語が普通のミステリ作品ではないことが、読者に突きつけられるわけである。

首切り死体は、本格ミステリの世界では首を切断する理由が重要な意味を持つ場合がある(入れ替わりとか、バールストン先攻法とか)。しかし、本作では、神野羊子の蓮見沙紀に対する執着が強すぎるが故に、「首なんかなくても識別できる!」ということで、首切りの意味がなくなっている。本格ミステリの定番ネタを逆手に取っていくスタイルである。

神野羊子の相棒役を務めるのは昇(のぼる)なのだが、第一話から相当に怪しい描かれ方をしている。密室状態の部室棟に対して、神野羊子の足跡しか発見されないこと。容疑者との会話に昇が一切関与しない点からも疑惑は深まる。

なお、神野羊子が犯人を推理して正解すると効果音?が鳴り響き、自動的に蓮見沙紀は復活。犯人は「黒い少女」によって存在を現世から抹消されてしまう。現実は何事もなかったかのよう「均されて」しまう。

五月はさりげなダイイングメッセージ

蓮見沙紀は扼殺状態で発見される。彼女の指は、親指と薬指だけが曲がっている九品来迎印(くほんらいごういん)の形を取っており、ダイイングメッセージのように見える。事件現場は文化祭のお化け屋敷の教室内。

第二話のテーマはダイイングメッセージ。九品来迎印(くほんらいごういん)はいろいろなパターンがあるようなので、以下のサイトにリンクを貼らせていただく。

神野羊子の推理は必ずしも事実を言い当てる必要はないようで、一定の説得力を持っていればオッケー判定が出るようだ(アバウトである)。これ冤罪だったら、可哀そうだなあ。

蓮見沙紀を復活させるためには、犯人を言い当てる必要がある。正解判定が出たら犯人は現世から抹消されてしまうので、神野羊子にはそれなりの心理的プレッシャーがかかりそうなものなのだが、あまり本人は気にしていない様子。神野羊子は蓮見沙紀の生死だけが重要事項であり、他者の存在は全く考慮されていないところに歪なものを感じる。

このお話から、ツッコミ役として熊谷乃亜(くまがいのあ)が登場。この子は常識人の視点として機能する。神野羊子と蓮見沙紀の関係の不健全さを指摘し始める。

六月は定番の糸トリック

蓮見沙紀は第二理科準備室で首を刺され殺害されている。部屋は施錠されていたが窓は開いていた。ここで登場するのが古典的な「糸トリック」である。

このエピソードから登場するのが等々力楓(とどろきかえで)。弓道部所属。寺生まれで、拝み屋の能力を持つ。神野羊子は等々力楓を告発し「正解」を得る。しかし等々力楓は「黒い少女」を実力で撃退してします。

専門家が事態に介入することで、ようやくこの物語の超常現象部分に目が向けられる。怪異の元凶には、憑代を得た神格が存在すること。憑代にはかつて失われた神隠しに遭った子供の存在が示唆される。ここで、昇の正体にだいたいの予想がつく。

七月は今さら探偵が犯人

いきなりサブタイトル次点で既にネタバレである。最終の第四話は種明かし篇だ。古典ミステリの王道パターンの一つ。「探偵が犯人」の場合を示唆しているのだろう。

数限りなく殺されてきた蓮見沙紀に、最初の死をもたらしたのが幼き日の神野羊子であった。その罪悪感が昇を生贄にし、神社に残る神の残滓を復活させてしまう。神は神野羊子の願いを叶え、蓮見沙紀を甦らせてくれる。しかし運命の復元力が、何度でも蓮見沙紀殺してしまう。

これまでに再三、神野羊子に対して一般人の視点からツッコミを入れていた熊谷乃亜。そして怪異の専門家である等々力楓の存在によって、ようやくにして神野羊子の憑き物が落ちる。

人が死なないコージーミステリー

エピローグ。サブタイトルになっている「コージーミステリー」はこんな意味を持つミステリ用語。

推理小説のジャンルの一つ。知的でユーモラスな主人公が、日常的な生活で遭遇した事件の謎(なぞ)を解くストーリーを軽妙なタッチで描く探偵小説で、主人公の多くは刑事やプロの探偵ではない一般人である。非情で暴力的な主人公が登場するハードボイルド小説と対照をなす推理小説と位置づけられる。

コージーミステリーとは - コトバンクより

確かにこの物語で結果的に「蓮見沙紀は死んでいない」ので、人の死なないミステリと言えるのかもしれないが、ずいぶん皮相的なタイトルネーミングである。最後まで、本格ミステリの定番ネタを逆手に取ってくる。

神野羊子の犯罪から生まれた因果で、運命の復元力によって多くの人間が蓮見沙紀を手にかけてきた。彼らは全て神野羊子にその罪を暴かれ、存在を抹消されてきたわけなのだが、その点についてはまったく顧みられることが無い。おそらくその中には冤罪であった人物もいた筈である。

平穏な日常を取り戻したかに見える神野羊子たちだが、彼女らの世界はあくまでも彼女たちの中だけで閉じている。世界の外側で何が起こってもそれは彼女らには関係のないことなのである。

なんともうすら寒い読後感が残るのだが、これも作者が狙った処なのであろう。大澤めぐみ作品らしい毒の部分である。

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