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『この銀盤を君と跳ぶ』綾崎隼 二人の天才とそれぞれの伴走者の物語

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綾崎隼のスポ根フィギュアスケート小説が登場

2023年刊行作品。作者の綾崎隼(あやさきしゅん)は1981年生まれ。第16回の電撃小説大賞選考委員奨励賞を受賞した『蒼空時雨』(応募時タイトルは『夏恋時雨』)で作家デビューを果たしている。メディアワークス文庫での活躍が長く、著作の半数以上が同レーベルから発売されている。

ここ数年は一般文芸の世界にも進出しており、当ブログでも2020年の『盤上に君はもういない』や2021年の『死にたがりの君に贈る物語』をご紹介している(どちらも良作!)。

この銀盤を君と跳ぶ (角川書店単行本)

とても目を引く表紙イラストはつん子によるもの。この絵、本当に良い!本作の登場人物の一人、京本瑠璃(きょうもとるり)が描かれているものと思われる。毅然としているようにも、どこか儚げに寂しそうにも見える絶妙な一瞬の表情を捉えたものとなっていて、本作を最後まで読んでからもう一度見ると、一層味わい深く見ることができるはずだ。

ちなみに表紙には英語タイトル(副題?)も記載されていて「either lion or fairy remains on the ice.」となっていて、なかなか意味深長な表現だと思う。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

フィギュアスケートが好き!フィギュアスケートの世界を舞台とした小説作品を読んでみたいと思っていた方。女性同士の連帯、シスターフッド的な側面を扱った作品に興味がある方。スポーツ系の小説がお好きな方におススメ!

あらすじ

全日本フィギュアスケート選手権。圧倒的な表現力を誇る"氷の獅子"京本瑠璃と、超絶的なジャンプ技術を誇る"雪の妖精"雛森ひばり。残されたただ一つのオリンピック出場枠をめぐり、二人の天才がその人生を賭けて勝負に挑む。そしてそれぞれに寄り添い、陰で支え続けた二人の伴走者。死闘の果てに彼女たちがたどりついた場所は……。

ここからネタバレ

ふたりの天才

『この銀盤を君と跳ぶ』では二人のフィギュアスケート選手の戦いが描かれる。

ひとりは"氷の獅子"こと、優れた表現技術を持つ京本瑠璃(きょうもとるり)。瑠璃は、IT企業社長の父、女優の母を持ち、めぐまれた環境下で才能を伸ばし13歳で全日本選手権を制するほどの実力の持ち主。しかしその性格は傲岸不遜。好戦的で礼儀知らず。それでも抜きんでた才能で五輪への切符を掴もうとした矢先、父親が麻薬に手を出し運命が暗転していく。

ふたりめは"雪の妖精"こと雛森(ひなもり)ひばり。ひばりは父と兄も高名なフィギュア選手で、いわば業界のサラブレット的存在。世界トップクラスの身体能力を持ち、高難度のジャンプを軽々とこなす。だがフィギュアスケートに対して情熱を持てず、練習にも身が入らない。

技の京本瑠璃に対して、ジャンプの雛森ひばりといったところか。それぞれに天才的な素養を持ちながら、競技に対する姿勢や、家庭的な問題から、彼女たちはいくつもの壁にぶち当たることになる。

ふたりの伴走者

京本瑠璃と雛森ひばり。どちらをとってもキャラの立った魅力的な登場人物だ。だが、『この銀盤を君と跳ぶ』の主人公は瑠璃でもひばりでもないのだ。生活態度や競技姿勢に問題がありすぎるワケアリ選手のふたりには、それぞれに欠かせないパートナーが存在する。

京本瑠璃の振付師である江藤朋香(えとうともか)は、元フィギュアスケート選手で36歳。遅咲きの競技人生で、全日本の第7位が生涯最高位。25歳で引退し、その後はフィギュアスケートの振付師として研鑽を積んできた。売れないながらも、才能のある振付師であった朋香は、瑠璃のパートナーとなり、散々に振り回されながら、コーチ役までも兼任。家庭に問題のある瑠璃のために、自宅での同居まで許し、最終的には家族同様の存在となっていく。

雛森ひばりのコーチとなる滝川泉美(たきがわいずみ)は、ひばり同様にスケート選手の父親を持つサラブレッド。だが、ひばり程の才能にはめぐまれず、再三の怪我に悩まされ志半ばで選手としての道を断念する。雛森家には家族同様の立ち位置で出入りし、ひばりの兄の國雪には淡い思慕を抱いている。年下の親友ひばりの才能を妬みながらも、どうしようもなく惹かれてしまい、若き指導者として共に五輪への道に挑むこととなる。

本作は、窮極の自己中女に翻弄されるふたりの伴走者、それぞれの一人称で丁寧に綴られていく構成となっている。もともとはただの他人同士であった彼女たちが、フィギュアスケートを巡って絆を深め、やがて唯一無二の存在になっていく過程が情感豊かに描かれ、読み手の心を熱くさせてくれる。

フィギュアスケート小説の魅力

フィギュアスケートを扱った小説作品と言えば、海原零(かいばられい)の『銀盤カレイドスコープ』全9巻を挙げなくてはならない。第一巻の刊行が2003年なので、かれこれ20年前の作品かと思うと感慨無量だったりする。2003年といえば、荒川静香がトリノで金を取る三年も前なのだ。この時代にフィギュアスケート小説を書いて、しかも成功させた海原零の功績は大きい。

その後、フィギュアスケートは日本でも大人気となり、一気に注目度が上がった。小説作品もいくつか書かれるようになった。このあたりの流れは、タニグチリウイチさんのこちらの記事に詳しい。

マンガ作品ではこんなものも。

わたし的な最近のイチオシは断然つるまいかだの『メダリスト』だ。

人気のフィギュアスケートだが、ルールや技、独自の採点方式など、一般人には理解の及ばない点が多い。素人の目では実際に競技を見ても、何が起こっているのか?何がすごいのか?恥ずかしながらよくわからないのだ。

ここでようやく『この銀盤を君と跳ぶ』の話に戻ってくる。本作は現在のフィギュアスケートではどのようなルールで採点がされているのか、どのような技が評価され、何をすれば減点されてしまうのかなど、フィギュアスケートに詳しくない人間が読んでも、ついていけるようにしっかりとした説明がなされている。以前に読んだ『盤上に君はもういない』でも感じたけど、綾崎隼作品では、物語で取り扱う競技についての取材がしっかりとなされているのだ。

怪我や醜聞、親族の死など、彼女たちの前に立ちはだかる障害は、ベタといえばベタ。そこまで不幸な境遇にしなくてもいいんじゃない?お涙頂戴ものでしょ?とのツッコミは容易いのだが、せっかく綾崎隼作品を読むのだから、ここは素直な気持ちで本作に臨んで欲しいところ。

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