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『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼 小説家と物語を愛するもののお話

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綾崎隼の40冊目!

2021年刊行作品。綾崎隼(あやさきしゅん)は2010年のデビュー以来、数々の作品を上梓してきたが、40冊目の著作となるのが本書『死にたがりの君に贈る物語』である。表紙イラストはorieが担当している。

綾崎隼の作品を読むのは二作目。先日読んだ『盤上に君はもういない』が良作だったので、本作も読んでみることにした。

死にたがりの君に贈る物語

ウェブ上に「もう一つのあとがき」が掲載されていたのでリンクを共有しておく。本作の読後に是非読んでみて頂きたい。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

小説家とファンの関係について考えてみたい方。小説家を描いた小説を読んでみたい方。綾崎隼作品が好きな方。綾崎隼を読んでみたい方。大好きな物語がある方。夢中になれる物語があった方におススメ。

あらすじ

性別、年齢、経歴不明。覆面小説家ミマサカリオリの訃報がSNSに流れる。大ヒット作『Swallowtail Waltz』の完結を目前に控えての悲報であった。物語を最後まで読めないなら生きていても仕方がない。後追い自殺を図るも生き延びてしまった少女純恋。熱狂的なファンたちは、とある廃村に集い、終わらなかった物語の「結末」を追い求める。

ココからネタバレ

登場人物一覧

登場キャラクターが多いので、まずは一覧にしてまとめておこう。最初の七人までが、廃村に集ったファンメンバーである。

  • 塚田圭志(つかたけいし):26歳。主催者。杉本敬之のいとこ。
  • 稲垣琢磨(いながきたくま):24歳。大学院生。元ボーイスカウト
  • 広瀬優也(ひろせゆうや):21歳。大学二年生。主人公
  • 清野恭平(せいのきょうへい):18歳。高校三年生。児童養護施設を家出中
  • 山際恵美(やまぎわえみ):26歳。家事手伝い
  • 佐藤友子(さとうゆうこ):23歳。フリーター
  • 中里純恋(なかざとすみれ):16歳。高校中退
  • 上田玄一(うえだげんいち):大樹社、文芸編集部の部長
  • 杉本敬之(すぎもとのりゆき):ミマサカリオリの担当編集者
  • 山崎義昭(やまざきよしあき):ミマサカリオリの初代担当編集者

なお、このリストは本書p7の記載に基づくもので、実際の内容とは異なる(意味深)。

クリエータという人種の厄介さ

作家、クリエータという人種と付き合ったことがある人間ならお判りいただけるかもしれないが、彼らの中にはとてつもなく扱いが難しい人物がいる。

『死にたがりの君に贈る物語』に登場する、作家ミマサカリオリもその一人である。母親に先立たれ、父親は即座に再婚。子どもへの興味も愛情もない。恵まれない家庭環境下で育ったミマサカリオリは、自分に自信が持てず、自己肯定感がとてつもなく低い。猜疑心も強く、他人を信用することが出来ない。

しかしミマサカリオリには物語を紡ぎだす圧倒的な才能があった。ミマサカリオリが世に送り出した小説『Swallowtail Waltz』は絶大な支持を集め大ヒット作品となる。これだけの実績を残せば、多少なりとも自己肯定感も高まりそうなものだが、ミマサカリオリの屈折度合いは並外れていた。どれだけ本が売れて、多くの読者に支持をされても彼女の内面は脆弱なまま。そしてガラスのように傷つきすい、ミマサカリオリの自我は暴走し、遂に自らの死をSNS上で発表してしまう。

クリエータを支える人々

担当編集者、杉本敬之は「ミマサカリオリの死」という事実に直面して、驚くべき奇策に打って出る。彼は、ミマサカリオリの熱狂的なファンを集め、『Swallowtail Waltz』の物語内容と同じ環境で過ごさせることを思いつく。表向きは、終わらなかった物語の「結末」を追い求めるとしながらも、この策の実態はミマサカリオリの再生計画であった。

集められたメンバーの中にはなんとミマサカリオリ本人がファンを装って参加していた。ミマサカリオリを、熱烈なファンと同じ空間で過ごさせることで、作家としての自己肯定感を高めることが目的であったわけである。

杉本敬之は編集者の立場でありながらも、ミマサカリオリ作品の純粋なファンとして描かれる。彼には打算も、編集者としての損得勘定もない。彼は作家としてのミマサカリオリに誠実に向き合い、その再起を切実に願う。ミマサカリオリのような難しい人物に対して、彼のような編集者が傍にいてくれたことは救いであった。杉本敬之の熱量は次第にミマサカリオリを動かしていくのである。

物語は時に人を救う

本作においてファンの代表として描かれるのが中里純恋である。彼女もまた自分に自信が持てない人間だ。彼女は学校にも馴染めず、友だちもいない。両親との折り合いも悪く。自殺未遂を繰り返している。

そんな彼女にとって唯一の救いはミマサカリオリの『Swallowtail Waltz(スワロウテイルワルツ)』である。謎めいたストーリー設定。それぞれに陰を背負った魅力的なキャラクターたち。そして驚くべき展開。物語に魅せられた彼女は、『Swallowtail Waltz』を読むことだけを生きる糧としていく。彼女はまさしく、物語に救われた人間として描かれる。

『Swallowtail Waltz』が人生のすべてであった彼女にとって、物語が未完に終わることは自らの死を意味している。ミマサカリオリの訃報と共に、自殺を図るも、死にきれずいた彼女に届いたのが、とある廃村でのファンたちとの生活であった。

推しへの愛は推しを救う

本作の主人公はいちおう広瀬優也なのだが、彼は作品を進行させるための狂言回し的な役割を担うキャラクターとして配されている。しかし本作の終盤で、なんと主人公であった広瀬優也が退場してしまうのだ。

そして最後に残されたのはミマサカリオリ(佐藤友子)と中里純恋である。ここでこの物語の真の主役が、ミマサカリオリ(佐藤友子)と中里純恋の二人であったことに読み手は気づかされる。二人の関係性を突き詰めていく以上、もはや広瀬優也の存在は不要との判断なのだろう。これはかなり思い切った決断である。

自分も何もかも信じられないミマサカリオリと、ただひとつ『Swallowtail Waltz』だけは信じられる中里純恋が対峙する。この対決は「信じるものがある」中里純恋が勝利する。物語によって人生を救われてきた中里純恋の情熱が、ミマサカリオリの凍てついた心を溶かしていく。自己否定しかなかったミマサカリオリの脆弱な内面に、初めてしっかりとした土台が築かれる。推しへの愛は時として推しを救うのだ。

その他の綾崎隼作品の感想はこちらから

また、ダヴィンチニュースにも記事があったのでリンク。

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