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『午後のチャイムが鳴るまでは』阿津川辰海 解決まで65分!昼休み限定の学園ミステリ

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阿津川辰海の学園ミステリ

2023年刊行作品。阿津川辰海(あつかわたつみ)の第八作。実業之日本社のムック「THE FORWARD」及び、Webメディア「Webジェイ・ノベル」に掲載されていた作品に、書下ろし一編を加えて単行本化したもの。

表紙及び扉絵はイラストレータ、マンガ家のオオタガキフミによるもの。

午後のチャイムが鳴るまでは

実業之日本社による公式ページはこちら。本作について、作者インタビューも収録されているので必読(ただし読後に)。

また、第一話の「RUN! ラーメン RUN!」が無料で読めるお試し版も公開されている。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

人が死なない、気軽に読めるミステリ作品を読んでみたい方。学園を舞台としたミステリがお好きな方。連作短編型のミステリが気になる方。ライトに読める阿津川辰海作品を探していた方におススメ。

あらすじ

昼休みに学校を抜け出してラーメンを食べたい!燃えさかる衝動に駆られた高校生男子二人の顛末(RUN! ラーメン RUN!)。文化祭に向けた文芸部の徹夜原稿合宿。その最中に消えた女子生徒の謎(いつになったら入稿完了?)。消しゴムポーカーの勝者は学園のマドンナに告白する権利を得る。果たしてその結果は(賭博師は恋に舞う)。謎めいたひとことを推理する占い研究会の面々(占いの館へおいで)。17年前に起きた65分間の時間パズルが遂に解かれる(過去からの挑戦)。五編を収録した連作学園ミステリ小説。

ここからネタバレ

65分一本勝負!魅惑の昼休みミステリ

本作は、九十九ヶ丘(つくもがおか)高校を舞台とした連作形式のミステリ短編集となっている。タイトルの『午後のチャイムが鳴るまでは』から想起できるように、この物語で特徴的なのは、物語の進行が、高校の昼休み時間帯(11:55~13:00)に絞られている点にある。

学園ミステリで、なおかつ時間帯に制限をつけたのは、

阿津川:学園生活の中でも昼休みにこだわったのは、青崎有吾さんの『早朝始発の殺風景』(集英社文庫)を読んで衝撃を受けたのが理由です。

Webジェイ・ノベル|実業之日本社の文芸webマガジン -「J-novel」阿津川辰海 最新刊『午後のチャイムが鳴るまでは』――“学校の昼休み”が舞台の愛すべき傑作学園ミステリ!-より

との理由による。青崎有吾の『早朝始発の殺風景』は過去にこのブログで紹介しているので、気になる方はこちらもどうぞ。

登校前の時間でもなく、授業の終わったあとの放課後の時間帯でもない。昼休みは前も後ろも予定が詰まっているだけに、腰を据えて何かをするには中途半端な時間帯だ。65分の短い時間で何を表現できるのか。ネタの選定とシチュエーションの妙に作者のセンスが光る作品集となっている。

それでは、以下、各編ごとにコメント。

RUN! ラーメン RUN!

初出は2022年2月発売の「THE FORWARD」Vol.2。

ラーメンは俺たちの青春だ!人気のラーメン店、麺喰道楽。期限切れ間近の無料サービス券を使い切るべく、校則で禁止されている昼休み時間帯の外出を試みる男子高校生二人。さまざまな障害を乗り越え、彼らは困難に挑むのだが。

まず登場キャラの一覧。

  • 結城(ゆうき):ラーメン好きの高校生。囲碁将棋部
  • 日下部顕(くさかべあきら):結城の友人。囲碁将棋部
  • 生徒会長:文武両道、眉目秀麗のスーパーマン
  • 結城の妹:なぜか木曜日の朝は30分早く登校する

読むと無性にラーメンが食べたくなる一作。お腹が空いているときには読まない方が良い。こういう「益が無いからこそ情熱を注げる」系のエピソード大好き。先ほどのインタビュー記事にも、

他人から見ればくだらないもの、馬鹿馬鹿しいものに情熱をかけることが青春であり、そのような瞬間を描くことが青春小説の役目であると思っています。本書を読んで、そのような思いを受け取っていただけると嬉しいです。

Webジェイ・ノベル|実業之日本社の文芸webマガジン -「J-novel」阿津川辰海 最新刊『午後のチャイムが鳴るまでは』――“学校の昼休み”が舞台の愛すべき傑作学園ミステリ!-より

とあり、作者は『午後のチャイムが鳴るまでは』では、ことさらに本エピソードのような、男子高校生の「しょうもない情熱」を取り上げている。

いつになったら入稿完了?

初出は2022年11月発売の「THE FORWARD」Vol.5。

文化祭を目前に控え、部誌「九十九文学」の入稿締め切り直前で殺気立つ文芸部の面々。そんな最中、イラスト担当の女子生徒が姿を消してしまう。不可能状態の中で起きた事件の意外な真相とは……。

登場キャラはこちら。

  • 楢沢芽以(ならさわめい):文芸部の二年生。ペンネーム「ジェイソン」。ホラー小説の書き手
  • 川原聡(かわはらさとし):文芸部の二年生。ペンネーム「川原さとし」。詩や評論を書く
  • 鈴木一郎(すずきいちろう):文芸部の三年生。編集長。ペンネーム「二階堂七生子」。SF小説の書き手
  • 部長:文芸部の二年生。ペンネーム「青龍亜嵐」。ミステリ小説の書き手
  • 人見澪(ひとみみお):文芸部の一年生。ペンネーム「三毛猫」。私小説を書く
  • 司麗美(つかされみ):文芸部の三年生。ペンネーム「アマリリス」。イラストレータ
  • 司大樹(つかさたいき):一年生。司麗美の弟。

文化祭前の文芸部を舞台とした人間消失モノ。お互いをペンネームで呼び合うのは、それっぽくてイイ!ちょっと背伸びしている感が微笑ましい。編集長、鈴木一郎のキャラクターが好き。天文台から消えた女子生徒の話(九十九ヶ丘高校七不思議)が紹介され、事務員の三森もさらっと登場していて伏線の配置にも余念がない。

創作をめぐる才能についての葛藤は米澤穂信の古典部シリーズ第三弾『クドリャフカの順番』でも取り扱われていて、こちらもおススメ。

賭博師は恋に舞う

『午後のチャイムが鳴るまでは』中、最大の長さを誇り、発表時は前後編の体裁を取っていた。前編が2023年2月発売の「THE FORWARD」Vol.6。そして後編は、Webメディア「Webジェイ・ノベル」にて2023年3月14日に配信されている。「THE FORWARD」って、ひょっとして休刊になっちゃったのかな?

2-Aの男子の間では消しゴムを使った独自のポーカーが大流行していた。当初はささやかなギャンプルだったそれは、クラスのマドンナへの告白権をかけた熱いバトルに変質していく。激闘を制するのはいったい誰なのか。

登場キャラはこちら。

  • 芝(しば):2-Aの男子生徒。茉莉に告白したい
  • 青木(あおき):2-Aの男子生徒。芝とタッグを組む
  • 江田(えだ):2-Aの男子生徒。チェス好き
  • 羽根田(はねだ):2-Aの男子生徒
  • 馬場(ばば):2-Aの男子生徒。消しゴムポーカーを創案
  • 今本(いまもと):2-Aの男子生徒。茉莉に告白したい
  • マサ:2-Aの男子生徒。クラス一の働き者で人気者
  • 茉莉(まり):2-Aの女子生徒。クラスのマドンナ

第三話はいきなり賭博小説(笑)。オリジナルルールのギャンブルネタとして『賭けグルイ』とか好きな人には刺さりそう。

2-Aオリジナルの消しゴムポーカーは、かなりルールが作りこんであって面白い。お馴染みのMONO消しゴムにトランプのスートを書き込み、普段はカバーをつけたままで運用する。

消しゴムなので使えば減っていくわけで外観が変わっていく。自分だけの目印をつけることも可能で、個別に「ガン」を付けることができる。イカサマをある程度許容しているところが奥深く、タッグを組むことで勝率を高めることもできる。

一般男子の奮闘も虚しく、実力でポーカーの勝負も、マドンナの心も射止めてしまうマサの存在感が際立つ。ただ、ここらへんでマサの正体は、読む側には想像がついちゃうかな。

占いの館へおいで

初出はWebメディア「Webジェイ・ノベル」の2023年5月24日配信分。

占い研究会に所属する茉莉は、文化祭の準備のさなか、こんな言葉を耳にする。「星占いでも仕方がない。木曜日ならなおさらだ」この言葉の裏に隠された意味とは?茉莉、アリサ、エミは推論の末に、ひとつの驚くべき結論にたどりつく。

登場キャラはこちら。

  • 斎藤茉莉(さいとうまり):2-Aの女子生徒。占い研究会所属
  • ナオ:茉莉の彼氏
  • アリサ:2-Aの女子生徒。茉莉の友人
  • エミ:2-Aの女子生徒。茉莉の友人

ハリイ・ケメルマン(Harry Kemelman)の『九マイルは遠すぎる(The Nine Mile Walk)』を嚆矢とする、さりげないひとことの中から、想定される事態を推論し、論理的な結論を導き出すタイプのミステリ作品。米澤穂信の『遠まわりする雛』収録の短編「心あたりのある者は」も同じタイプのお話。

木曜日の朝を楽しみしている斎藤茉莉が、結城の双子の妹であることがわかる。茉莉の彼氏が「ナオ」であり、あれ?「マサ」じゃないの?ってところはちょっとした引っ掛け。

過去からの挑戦

書下ろし作品。

九十九ヶ丘高校、七不思議のひとつ。「天文台から落下して、助けを求める女の怪」の由来となった失踪事件から十七年。当時、事件の渦中に居た森山は、生徒会長の菅原からあの事件は「今日」解かれることが定められていたのだと告げられる……。

  • 森山進(もりやますすむ):体育教師。生活指導。九十九ヶ丘高校OB
  • 浅川千景(あさかわちかげ):天文部所属。十七年前に天文台から消えた女子生徒。森山の同級生
  • 宇内ユズル:天文部所属。森山と浅川の一年後輩
  • 三森(みもり):事務員
  • 菅原正直(すがわらまさなお):生徒会長

ラストエピソードは生活指導の体育教師森山が主人公。裏表紙を見ると実は、ひっそりとセンターを飾っていて実は重要人物であることが暗示されていたわけね。三森さんに気付いてやれよ。十七年実は相思相愛だった!三十路過ぎての純愛エピソードはほっこりする。

出オチでナオとマサの正体が判明。頭のいい生徒会長も、ミステリオタの文芸部部長も、ポーカーが上手いマサも、斎藤茉莉の彼氏ナオも全部同一人物でした!ってまあ、さんざん伏線が配置されてきたので、読者の多くが予想は出来ていたと思う。それにしても菅原正直が眩しい!超人高校生過ぎる。このスペックで性格までイケメンなのである。なんという光属性。地味な高校生活を送ってきたオッサンには菅原くんの輝きが半端なくて正視できない。。。

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