ネコショカ

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米澤穂信『遠まわりする雛』地方都市のうつろいゆく春夏秋冬


古典部の春夏秋冬を描いたシリーズ初の短編集

2007年刊行。『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』に続く、古典部シリーズの四作目。

2002年から2007年にかけて、雑誌「ザ・スニーカー」「野生時代」に掲載された作品を集めた短編集。最後に収録されている「遠まわりする雛」のみが、書き下ろし作品となっている。

遠まわりする雛

文庫版は2010年に登場している。

遠まわりする雛 (角川文庫)

遠まわりする雛 (角川文庫)

 

あらすじ

神山高校伝説の秘密クラブ女郎蜘蛛の会にまつわる一幕「やるべきことなら手短に」。数学教師尾道は何故授業の進度を間違えたのか「大罪を犯す」。日本旅館に出現した首吊りの影の謎「正体見たり」。一風変わった校内放送から導かれる驚くべき仮説「心当たりのある者は」。全七編を収録した短編集。神山高校古典部の一年間の日々を綴る。

「連作小説」としての愉しみ方

単独でももちろん読めるが、より味わい深く楽しむのであれば既刊三作は絶対に読んでおくべきだろう(いきなりこの話から読む方はあまりいないと思うけど)。

各エピソードの中には有名ミステリ作品(or作家)へのオマージュとなっているものがある。「やるべきことなら手短に」の元ネタが、アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』、「心あたりのある者は」の元ネタがハリイ・ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』であることくらいは想像がついたけど、海外ミステリの素養があまり無い自分にはでこのあたりまでしか判らなかった。ちょっと悔しい。

既刊三作は、連作短編の形式を取っていて、個々のエピソードで解決すべき謎が提示されていると共に、軸となるメインの謎が存在していた。だが、今回の『遠回りする雛』は、バラバラに発表された短編をまとめたものなので、「連作ミステリ」としての要素は無い。

本作に「連作ミステリ」の要素は無いのだが、「連作小説」であることの工夫は凝らされている。収録されている七編は、古典部の春夏秋冬、一年間の出来事をつづったものだが、時間の流れと共にキャラクターたちの関係性が変化していく。特筆すべきは「省エネ主義」を標榜し続けていた、主人公奉太郎の変わりようだろう。好奇心の猛獣こと、千反田えるに関わることで、彼の信条は変わらざるをえなくなるのである。

では、例によって、各編ごとにコメントを。

やるべきことなら手短に

初出は「野性時代」2007年8月号。時期的には4月、入学早々のエピソード。『氷菓』の「伝統ある古典部の再生」の直後あたりかな。このあたりは、『氷菓』事件すら片付いていないので、まだ奉太郎の「省エネ主義」は全開であるが、僅かな綻びの兆候を感じ取ることができる作品である。

大罪を犯す

初出は「野性時代」2007年4月号。作中に初夏とあるので、6月~7月あたりかな。天使チタンダエル降臨回である。

謎解きの対象が千反田であるということで、戸惑いながらも彼女の内面への理解を深めていく奉太郎が面白い。

正体見たり

初出は「ザ・スニーカー」2002年4月号。初出時のタイトルは「影法師は独白する」。夏休み中のお話。なんと温泉回である。後々のアニメ化を見越していたかのような、ビジュアル映えするエピソードだが、この作品だけ執筆年代が早いのだ。

ライトノベルレーベルである、スニーカーミステリ倶楽部時代に書かれた作品であるだけに、そちらの方面の読者への配慮が働いたのかもしれない。

「きょうだい」の存在にこだわる千反田の描写があり、旧家のひとり娘としての苦悩が仄かに垣間見える回でもある。

心あたりのある者は

初出は「野性時代」2006年12月号。時期的には11月最初の日。奉太郎と千反田しか登場しないエピソードである。『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』を経てきた後のお話であり、既にラブラブ(死語)な雰囲気。二人から、濃厚なリア充オーラを感じ取れるようになるのはこの回からである。

『九マイルは遠すぎる』オマージュの、仮説と論考を積み重ね、もっとも可能性の高い「真相」を追及していくストーリー構成は、今回収録されている作品の中では一番好みかな。こういうの好きなんだよねえ。

あきましておめでとう

初出は「野性時代」2007年6月号。お正月回。意中の女子と、神社の納屋に二人きりで閉じ込められてしまうという、青少年的にはときめくエピソードである。「風雲急小谷城」があからさまに不自然で怪しすぎるので、どんな風にトリックに絡めてくるのかと思ったらこんな形で使ってくるとは笑った。

わたしは気付けなかったが、元ネタはジャック・フットレルの『十三号独房の問題』であるらしい。謎を解くのではなく、密室からの脱出に向けて工夫を凝らすというお話の作り方が新鮮で面白い。

時代的には高校生が携帯を持っていてもおかしくない頃合いのエピソードだが、この二人なら持っていなくても仕方ないかといった感じ。スマホ全盛の現代ではこのお話は成立させるのが難しいかもね。

手作りチョコレート事件

初出は「野性時代」2007年2月号。まさかの「バーチャロン」しかも「オラタン」(笑)。いかにも90年代な男子高校生の放課後風景が懐かしい。

時期的には二月。タイトルから判ると思うけど、もちろんバレンタイン回である。このエピソードだけは里志と摩耶花の関係に焦点を絞った内容となっている。『クドリャフカの順番』あたりから描かれてきた、里志の葛藤に大きな転機が訪れる。

里志メインのお話だが、奉太郎の決定的な心境の変化も見逃せない。「だが、お前は千反田を傷つけた」の一言から、奉太郎の「省エネ主義」が完全に崩壊していることがわかる。

遠まわりする雛

このエピソードだけが唯一描き下ろしとなる。時期的には四月。季節が一巡して、古典部の面々も二年生になったわけだ。 緩やかな時間の流れ。日々のうつろい。田舎の春の情景が美しく読み手の心にしみてくる。「古典部」シリーズでもっとも美しい物語の一つだろう。

旧家のひとり娘としての矜持と威厳。水梨神社の生き雛まつりに招かれた奉太郎は、そこで普段とは全く異なる千反田の姿を知る。いつもとは明らかに違う彼女の姿に言葉を無くしている奉太郎の戸惑いが、なんとも瑞々しい表現になっていて、これがまたキュンキュンくるのである。

生き雛となった千反田の後ろを歩く傘持ちの奉太郎からは、彼女の表情が見えない。ここに至って奉太郎は初めて、好奇心という感情に囚われる。奉太郎と千反田、一年かけて描いてきた二人の関係性に決定的な変化が訪れた瞬間と言えるだろう。

タイトルの意味は?

最後の「遠まわりする雛」は、これまでずっとこのシリーズを読んできた読者にとってはハッとさせられる一作だろう。こっち方面に切り込んできたか。タイトルもよく考えてみると意味深で、二重三重に裏読みが出来て奥深い。遠まわりするのは千反田の不器用な生き方なのか、それとも奉太郎との今後の関係の行く末を暗示しているのか。己が変わることなど無いと思っていた奉太郎に対して、躊躇いなく真摯な気持ちをぶつけてきた千反田。この先が気になる。とても気になる。

ただ、思いっきり奉太郎側の恋愛フラグを立ててきた本編だが、千反田の方はどうなのかと考えると、微妙な部分がある。何故ならば、女帝こと入須冬実もこの場に呼ばれているからである。余所者という点では入須も奉太郎と立場は変わらず、それでいて男雛役という大切な役割を振られているのだ。

そう考えると、千反田が信頼に足るとした外部者に、自らが所属するコミュニティを知っておきたかっただけで、千反田側の恋愛フラグは立ってないんじゃないの?という読みも出てくるんだけど、穿った見方に過ぎるだろうか。天然系だからなこの人。

この話を書いているのはビターエンドの魔術師(勝手に命名)米澤穂信なので、この先がどのように話が転ぶか非常に不安。とんでもない鬱展開を用意しているのではなかろうか。ビターな展開は他の作品に任せて、こちらではベタでもいいのでハッピーな帰結を切に願うのである(ちなみに最新作は未だ読んでいないのだ)。

「古典部」シリーズ既刊三作、『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』の感想はこちらからどうぞ!

www.nununi.site

アニメ版で『遠まわりする雛』を楽しむなら

『遠まわりする雛』は一年間を通した物語なので、各エピソードはアニメ版の中でも分散して配置されている。

やるべきことなら手短に⇒アニメ版1話

氷菓 限定版 第1巻 [Blu-ray]

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 大罪を犯す⇒アニメ版6話

氷菓 限定版 第3巻 [Blu-ray]

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正体見たり⇒アニメ版7話

氷菓 限定版 第4巻 [Blu-ray]

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心あたりのある者は⇒アニメ版19話
あきましておめでとう⇒アニメ版20話

氷菓 限定版 第10巻 [Blu-ray]

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手作りチョコレート事件⇒アニメ版21話
遠まわりする雛⇒アニメ版22話

氷菓 限定版 第11巻 [Blu-ray]

氷菓 限定版 第11巻 [Blu-ray]