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『感応グラン=ギニョル』空木春宵 たぐいまれな奇想、傷みと呪縛からの解放をえがく

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空木春宵、初の作品集

2021年刊行作品。東京創元社のミステリ誌『ミステリーズ!』や、アンソロジーシリーズ「GENESiS」、Webメディアの「Webミステリーズ!」などに掲載されていた作品を単行本化したもの。早川書房の『SFが読みたい! 2022年版』の「ベストSF2021」では、国内部門、第三位にランクインしている。

筆者の空木春宵(うつぎしゅんしょう)は1984年生まれのエスエフ作家。「繭の見る夢」が第2回創元SF短編賞にて佳作入選となり作家デビューを果たしている。

感応グラン=ギニョル (創元日本SF叢書 18)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

少女を主人公とした物語。特に、少女同士の精神のつながりに重きを置いた作品で読んでみたい方。残酷でグロテスク、美しくて儚い、独自の世界観で描かれたエスエフ作品を読んでみたい方におススメ!(但し、要グロ耐性)。

あらすじ

昭和初期、浅草六区で活動する少女ばかりを集めた芝居小屋で起きた残酷劇(感応グラン=ギニョル)。精神感応コンテンツが発達し「体験」が共有できるようになった世界での一幕(地獄を縫い取る)。失恋すると発病する、謎の感染症をめぐる物語(メタモルフォシスの龍)。病を得た少女だけが入学を許される女子高で起きた惨劇(徒花物語)。美しいものが迫害される街に隠された真実(Rampo Sicks)。五編を収録した、空木春宵初の作品集。

ここからネタバレ

以下、各編ごとにコメント。

感応グラン=ギニョル

初出は東京創元社のミステリ誌『ミステリーズ!』vol96。

鼻を削がれた蘭子。目の見えない双子、香蘭と藤袴。両脚を切断された牡丹。話すことが出来ない橘。シャム双生児の夏水仙。千の瑕を負った女千草。身体に障害のある少女だけを集めた劇団に、新団員、無花果(いちじく)が現れる。五体満足で健康体に見えた無花果だったが、彼女には「心」が存在しなかった。

本作に登場する劇団「浅草グラン=ギニョル」には、モデルがある。19世紀末から1962年までパリで活動していた「グラン·ギニョール劇場」だ。

この物語は実在した「グラン·ギニョール劇場」をベースとしている。登場する人物を身体に欠損を負った少女ばかりを集めることでよりなんとも悪趣味で、グロテスクな作品に仕上げている。登場する少女たちは身体に障害を負っているばかりではなく、心にも深刻な精神的な外傷を負っている。孤独、絶望、恨みや妬み。どす黒い感情を抱えて生きてきた彼女たちに転機が訪れる。

主人公として描かれる千草は、体中に無数の瑕が刻まれた少女だ。千草は、身体に刻まれた瑕と共に、完全にその時の状況を記憶する能力を持つ。

一方、新団員の無花果は、身体の欠損はなかったものの、心が失われている。もとより、並外れた精神感応力を持っていた無花果は、関東大震災発生時に、数多の死者の想いを全て受け止めてしまったことで精神が崩壊してしまっている。

団員たちは、無花果の能力を使うことで、自らの身体、そして心の痛みを共有できることを知る。孤独の中で生きてきた彼女たちにとって、それは福音であったのだろう。他者の痛みを共有する中で、彼女たちの精神の境界が溶けていく。

ラストシーン、人々の怨念を受け止め、世界を呪い続ける存在「グラン=ギニョル(人形を超越した存在)」となった無花果が顕現するシーンには戦慄させられた。

地獄を縫い取る

初出は東京創元社のアンソロジーシリーズ「GENESiS 白昼夢通信」。

エンパスと呼ばれる精神感応装置で、他者の「体験」すらもネットで共有できるようになった時代が舞台。AI制作者のジェーンは、パトロンのクロエと同居している。性的虐待を受ける子どもたちを救うためと称して、ジェーンはエンパスの機能を使ったAI、ジェーンドゥを開発している。実在の子どもたちに替わって、犯されるために作られるAIジェーン・ドゥ。ジェーンの心に秘められた本当の目的とは……。

物語はジェーンとクロエのやりとり。そして室町時代と思われる、一休禅師と地獄太夫とのやりとりが交互に描かれていく。ちなみに地獄大夫は、室町時代に実在した遊女。絵画として描かれる際には背景に骸骨が、彼女が纏う着物には地獄絵図が描かれることが多い。

ことば巧みに少女たちを追い詰め、騙し、性的虐待を加える大人たち。「死に来る人に堕ちざるはなし」。自らの裡に、地獄を縫い留め、すべての加害者たちに復讐を誓うジェーンの姿が凄惨かつ、神々しくも美しい。

メタモルフォシスの龍

初出は東京創元社のアンソロジーシリーズ「GENESiS されど星は流れる」。

発病のトリガーは失恋。病を得た女は蛇へと転じ、男は蛙になる。そして女は愛した男を喰らわずにはいられなくなる。結果として人類社会は崩壊し、この世界では恋愛が厳禁とされる。恋に破れ<共同体>を出たテルミは、愛した男を喰らうために<街>に出る。蛇女のルイと同居する中で、テルミは自らが持つ、宿命を向き合うことになる。

恋に破れ蛇女と化した清姫が、想い人である僧侶安珍を殺してしまう、安珍・清姫伝説をモチーフとしている作品。

わたしは未視聴だが、解説によると本作は1991年のアメリカ映画『テルマ&ルイーズ』の影響が色濃いとのこと。これも見てみないとね。

テルマ&ルイーズ (字幕版)

テルマ&ルイーズ (字幕版)

  • スーザン・サランドン
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この奇想は凄い。エスエフ作品ならではとも言うべき、不思議な世界観が癖になりそう。「メタモルフォシス」はギリシャ語に由来する言葉で変身を意味する。テルミにはとある秘密があり、そのために蛇に変身することが出来ない。想い人への思慕と、それを許さない身体性という檻。テルミは苦悩の果てに、蛇でもなければ蛙でもない、龍として生きることを選択する。龍となったテルミは、想い人を象徴する「鐘」を焼き尽くし溶かしてしまう。それはテルミの精神の解放、そしての肉体の束縛からの離脱をも意味してもいるのだろう。

徒花物語

初出は東京創元社のWebメディア「Webミステリーズ!」2020年12月号。

生きながらにして、人をゾンビに変えていく病、花屍(かばね)。罹患した少女、黛由香利(まゆずみゆかり)は、感染者を集めた女学園に隔離され、その地で死までの時を過ごすことになる。歩行が困難となり、文字が認識できなくなり、やがて心も失われていく……。絶望の中で、由香利が見出した唯一の活路とは。

オマージュ元は少女小説の開祖とも言われる、吉屋信子の『花物語』ではないかと思われる。この作品の中では、少女同士の精神的な絆を「エス」と呼ぶ。「徒花物語」における「Z」はこれに倣ったものだろう。

家族に捨てられ学園に売られた黛由香利を主人公とし、由香利を慕う、蘆屋鈴羽(あしやすずは)と、一条織枝(いちじょうおりえ)を軸に物語は展開していく。花屍に感染した少女たちは、三年間の学園生活の中で緩やかに死んでいき、最後は卒業式の場でその身を焼かれる。正体不明の病、花屍の秘密と、学園が存在する本当の理由。ミステリアスな展開に、由香利を中心とした三角関係が絡み、短編で終わらせてしまうにはもったいないほどの、密度の濃い作品となっている。

由香利たちの「卒業」シーンで、島崎藤村の『高楼』が唱和されるシーンが圧巻で、読み手の心を抉る。

島崎藤村の『高楼』は、中央大学の学生歌『惜別の歌』として知られ、小林旭が歌ったことで多くの世代に知られている名曲である。

しかし『惜別の歌』では、一連目の歌詞「かなしむなかれ わがあねよ」が、「かなしむなかれ わがともよ」と書き換えられている。

そのあたりの詳しい事情はこちらを参照。

中央大学学生歌『惜別の歌』の作曲者 藤江英輔氏(昭和25年法卒)が語る、その生い立ち[PDF]

『高楼』は、もともとは姉と妹の別離を詠んだ詩なのだ。本作「徒花物語」では、当然本来の『高楼』のテキストが採用されている。改めて『高楼』の詩を読み込んでみると、いろいろ深読みできるのでおススメである。

Rampo Sicks

書下ろし作品。

「きれいはきたない」。美醜値(びしゅうち)が常に測定され、美しいものたちが迫害を受ける世界。暗躍する、美の蒐集者晧蜥蜴(しろとかげ)。最も醜い存在とされた不見世(ふみよ)は、街の支配者、諸妬(もろと)姫の招きを受ける。浅草百十二階、凌雲閣を訪れた不見世は世界の秘密を知ることになる。

舞台となるのは<領区>Asakusa six。浅草六区(タイトルの「Sicks」とかけてもいる)を思わせる、荒廃した近未来的な世界観。蒸気機関がそこかしこで駆動する、スチームパンク的なノリを持つ。濃厚な江戸川乱歩オマージュで彩られた作品でもある。冒頭の「感応グラン=ギニョル」の延長線上にある物語。

「美は善、醜は悪」。外見至上主義。ルッキズムの罠。人間が陥りがちな認知の歪みについて思索を巡らした内容となっている。物語の終盤で、「あたしを憐れむな!」「あたしそのものを見ろ!」「あたしは可哀想な存在じゃない!」と叫ぶ、瞋(いか)れる少女、不見世の姿が、「感応グラン=ギニョル」の少女たちと重なる。

瑕、痛み、孤独、喪失感に彩られた珠玉の短編集

以上、空木春宵の『感応グラン=ギニョル』に収録されている五編について、簡単に紹介させていただいた。いずれも、凝りに凝った世界観を持っているだけに、とっつきは悪い。舞台劇の構成を取っていたり、作中話が挿入されたりと、読み始めは物語の構造が読めなくて、厳しく感じることもあるかと思う(わたしはそうだった)。

ただ、この読みづらさは、作品の構造が見えてくる段階で、麻薬的な面白さに変貌していく。なんとか最後まで読み切っていただきたいところ。

『感応グラン=ギニョル』の五編では、過酷な運命を背負い、虐げられた少女たちばかりが登場する。彼女たちはそれぞれに瑕を負い、痛みに苦しみ、深い孤独と喪失感の中にある。だが、物語の中で、彼女たちはそれぞれの方法で、自らに課された制約を乗り越えていく。息の詰まるような前半の重苦しい雰囲気が、終盤の救済、解放、復讐へと繋がっていく展開が鮮やか。「ベストSF2021」での高評価も納得の一冊なのであった。空木春宵のこれからの活躍に期待大だ。

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