ネコショカ

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木下昌輝『宇喜多の捨て嫁』はピカレスク歴史小説の良作


木下昌輝のデビュー作

作者の木下昌輝は1974年生まれ。『宇喜多の捨て嫁』がオール讀物新人賞を受賞してデビュー。本作は2014年刊行で、第152回直木賞候補作(西加奈子『サラバ!』が受賞した)。その他に、歴史時代作家クラブ賞、舟橋聖一文学賞、高校生直木賞、咲くやこの花賞を受賞している。

宇喜多の捨て嫁

文庫版は2017年に登場している。 わたしが読んだのはこちらの方。

文庫版だけなのかは不明だが、人物一覧に加えて、当時の群雄割拠の状態が判る、中国地方地図、備前地図がついていて、非常に判りやすい。最近の歴史小説は、こういうところも頑張ってるんだね。

 

宇喜多の捨て嫁 (文春文庫)

宇喜多の捨て嫁 (文春文庫)

 

あらすじ

騙し討ち、暗殺、裏切り。戦国時代、権謀術数の限りを尽くしてのし上がった備前の戦国大名、宇喜多直家。四人の娘のうち、三人の人生を破滅へと追いやった直家は、末娘の於葉を美作を支配する後藤勝基に嫁がせる。後藤家にあって「宇喜多の捨て嫁」と蔑まれる於葉。父直家の真意はどこにあるのか。

貴重な宇喜多モノの戦国小説

宇喜多家といえば知名度はそれなりにあるものの、主役として描かれることは少ないのではないだろうか?数年前の大河ドラマ『軍師官兵衛』では、陣内孝則が宇喜多直家役を務めていたので、覚えておられる方もいるかな(晩年だったのですぐ死んだけど)?

本作は戦国の梟雄として悪名轟く、宇喜多直家の生涯を描いていく連作短編集である。では、例によって各エピソードごとに短評を。

宇喜多の捨て嫁

表題作。直家の末娘(四女)於葉の視点で物語は進行する。本作では直家の生涯を複数の時代、複数の視点から描き出していくが、このエピソードは年代的にかなり晩年のもの。

於葉は宇喜多の家を捨てて、夫の家に尽くそうと心に決める。しかし、直家の娘である自らの存在そのものが理由で夫を死なせることになってしまう。

無想の抜刀術

時系列的には一番最初のエピソード。作中で、老いた直家が「お前」と呼びかけるのは少年時代の直家自身である。あまり見かけない二人称で書かれた作品。主家に祖父能家を殺され、父に裏切られ、継母の屋敷で強いられる忍従の日々。そして祖父の仇から譲られる初手柄。

無想の抜刀術とは、英傑にのみ備わるとされる、危険時に無意識のうちに発動する神速の剣技である。その剣は時として肉親ですら躊躇いなく殺す。仇から譲られた手柄首を詰問された直家は、意図せずして無想の抜刀術を振るい、実母を手にかけてしまう。暗澹たる、直家の生涯の始まりである。

貝あわせ

乙子城を任された妻富を娶った、青年武将直家の時代を描く。直家自身の視点で描かれる。才能を発揮し、頭角を現していく直家に対して、警戒心を強めた主君浦上宗景が過酷な裏切りを命じていく。一族を、家臣を生かすためにと、最善手を選んできた結果として築かれていく屍山血河。妻子を人質に取られ、やむなく手を汚していく直家の葛藤がやるせない一編である。

無能な主君に翻弄される有能な主人公。この構図は大河ドラマ『軍師官兵衛』での、小寺政職と黒田官兵衛の関係に近しいだろうか。

ぐひんの鼻

主君浦上宗景の視点から描かれる。着実に勢力を拡大し、浦上家中でも屈指の存在になりつつある直家。宗景は強大になり過ぎた直家を殺害する決意を固める。しかしもはや比類のない謀将に成長した直家にとって、宗景は敵ではなくなっていた。

宗景は自身の権威を示すために、直家を屈服させるために数々の裏切りを強いる。しかし結果として、手の付けられないような謀略の化け物を育ててしまうこと位になる。

直家が生き延びるために仕方なく選択した裏切りと策謀。それはいつしか、直家にとって日常になってしまった。老獪な戦国武将に成長した直家の姿を、その主君の姿から描くのがなかなかに効果的である。

松之丞の一太刀

三女小梅の婿であり、主君浦上宗景のパッとしない息子松之丞の視点から描かれる。

浦上松之丞は「絶命の脅威を前にしても刃をぬかぬ」、報復しない勇気を持つ男として描かれる。既に戻れないところまで来てしまった。汚辱に塗れた生を送る直家にとって、かくありたかった理想の自分が松之丞なのである。

直家暗殺を企てる松之丞に対して、直家の無想の抜刀術が発動しかかる。しかしギリギリのところで直家は刃を止める。未だ、一抹の純粋な気持ちが直家にも残されていたことがわかる名場面であろう。

五逆の鼓

直家に仕えた鼓の名手江見河原源五郎の視点から描く。直家最晩年の日々。

江見河原源五郎は、主家を裏切り、一族を死なせ、鼓の道に生きることを決めた業の深い人物である。裏切りから始まったが故に、源五郎の鼓の腕は容易には上達しない。しかし直家の秘密に触れることで、源五郎の鼓は飛躍的な深化を見せる。

直家の死に至って、かつて死なせてしまったはずの母親や、唯一生き残った四女於葉がふたたび登場し、その罪深き人生に僅かな慰めを与える。

直家が背負った十字架

直家は「尻はす」と称される、爛れた皮膚から常時血や膿が滲み出る病に冒されており、その血膿は猛烈な悪臭を伴う。宇喜多の家を護り、領土を広げていく過程で手を汚さざるを得なかった直家の業を象徴したかのような病なのである。

しかし、その生死が判断出来てしまうような、直家の寝衣をそのまま川に流すだろうか?というツッコミはとりあえずスルーするとして(笑)。最大の被害者でもある母親と娘が、直家の最期を見送る構図は、哀切感に溢れていて美しい。

人生とは選択の結果だが、人間はとかくしがらみに縛られるものである。人生の重大局面にあって、自分の意思だけで決められることは意外に少ない。そう考えると、直家の人生も身近に感じられてくるから不思議である。

続篇?『宇喜多の楽土』も読んでみよう

絶対にあると思っていた異母弟、宇喜多忠家視点での話が無かったのは意外である。忠家は直家の死後、20年以上も長く生きる。宇喜多家の盛衰を見届けて1609年に亡くなったとされる人物なのである。このあたりは、続編?の『宇喜多の楽土』で描かれたりするのかな?こちらは直家の子、秀家時代のお話。気になるので続けて読んでみるつもり。

宇喜多の楽土

宇喜多の楽土