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『この夏のこともどうせ忘れる』深沢仁 十代の「特別な夏」を描いた良短編集

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深沢仁の短編作品集

2019年刊行作品。作者の深沢仁(ふかざわじん)は2011年刊行の『R.I.P. 天使は鏡と弾丸を抱く』が、第二回のこのライトノベルがすごい!大賞の優秀賞を受賞し作家デビュー。その後、2012年『グッドナイト×レイヴン』、2013年に『睦笠神社と神さまじゃない人たち』、2015年に『Dear(ディア) 』。そして2016~2018年にかけて代表作となる『英国幻視の少年たち』全六巻を上梓している。

この夏のこともどうせ忘れる (ポプラ文庫ピュアフル)

インタビュー記事があったのでご紹介。深沢仁という筆名から、男性なのか?と思っていたが、女性作家だった。

現時点(2021年8月)時点では、『この夏のこともどうせ忘れる』が深沢仁の最新作ということになる。

より詳しい作品情報を知りたい方はこちらの作家本人のサイトをチェック!

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

ふだん親しくしていない相手と、特定の期間だけ仲良くなった。でもそれっきり。そんな体験を過去に持っている方。楽しい!明るい!だけではない、影のある「特別な夏」を体験してみたい方。夏を舞台とした青春小説を読んでみたい方におススメ!

あらすじ

進学塾の夏合宿で圭人は、ちょっと気まずい間柄の同級生、香乃と同室になってしまう(空と窒息)。学園のヒロイン、藍莉の豪邸に招かれた千夏のひと夏の経験(昆虫標本)。毎年夏まつりに集まろうと約束した少年たち。一人去り、二人去り、そして最後に残ったのは?(宵闇の山)。梨奈の新しい彼氏には不思議なあだ名があった。その名前に秘められた暗い過去の記憶(生き残り)。父の残した別荘で夏を過ごす羽白、夜の浜辺で不思議な少年に出会う(夏の直線)。

以下、各編ごとにコメント。

ココからネタバレ

空と窒息

可宮圭人(かみやけいと)は幼いころから、実の母から虐待を受けている。夏休みに入ると母親に首を絞められる圭人。高三の夏。進学塾の合宿で同室となった香乃(こうの)に秘密を知られてしまう。

クラスが同じでも日常的に会話をする相手は限られている。見知った同級生だけれども、友だちではない。そんな相手に大事な秘密を知られてしまったら?とはいえ、少し距離のある間柄だからこそ、話してしまえることもあるわけで……。

面倒くさい元カノの存在。反りの合わない男子生徒たち。夏合宿という名の非日常の中、香乃が圭人の首を絞めるシーンは、見てはいけないものを見せられているような背徳感で、読む側の息が詰まりそうになる。

昆虫標本

夏休みに入り、千夏(ちなつ)と拓哉(たくや)の姉弟は、学園きっての美形兄妹、藍莉(あいり)、栗栖(くりす)の邸宅に招かれる。セレブの世界に招き入れられた庶民派姉弟が見たものとは……。

スクールカースト最上位の兄妹に気に入られてしまった、一般家庭姉弟たちのお話。そこはかとなくアンモラルで退廃的。全く異なる価値観を持った兄妹に、千夏と拓哉は翻弄されていく。お嬢さま、お坊ちゃまのワンシーズンだけのお気に入りの玩具。「昆虫標本」というタイトルは、なかなかスパイスが効いていて好き。

宵闇の山

小学校四年の夏休み。夏祭りの晩、ミナミ、サツキ、トキヤ、シュウ、ヤマトの五人は裏山に登り花火を見る。毎年花火を見に集まろうと約束しあった彼らだったが、次第に参加者が減り、高校二年の夏。裏山に集まったのはミナミとサツキの二人だけだった。

壊れた時計。見えない主人公。ただひとり現れるサツキ。作品からは終始不穏な気配が漂う。オチはだいたい予想がついてしまうのだが、切なさ的には収録作中いちばんのエピソード。約束は果たされないからこそ美しくもある。「大人になるまで、ずっと」。ミナミとサツキの約束は果たされるのだろうか。

生き残り

高校三年生の市井梨奈(いちいりな)は、新しい彼氏候補として篠晃弘(しのあきひろ)にターゲットを定める。廃部になった野球部で「生き残り」のあだ名を持つ晃弘。その本当の意味に気づいた時、梨奈の心に変化が訪れる。

つきあうのは高校生の間だけ。卒業したら別れる。制服デートするためだけの「ちょうどいい」男子を彼氏にしたい。お手軽な気持ちで始めた交際だったが、晃弘の秘密を知る過程で、ずぶずぶと恋愛の本気沼にハマっていく梨奈の変化が印象的。

晃弘はこの土地での自分の人生に見切りをつけている。「つきあうのは高校生の間だけ。卒業したら別れる」と思い定めていたのは、晃弘の方だった。ひと夏の恋のキラキラ感と、晃弘の心の闇のコントラストが心に残る。

夏の直線

失踪した父が借りていた別荘で夏休みを過ごすことにした羽白(はしろ)。東京から車で二時間半ほどの海辺の町で、羽白はアオと名乗る少年に出会う。人気のない夜の海岸で、羽白とアオの不思議な時間が流れていく。

夜の海は怖い。日頃、都会で暮らし、海に縁がない人間であればなおさらである。アオは全身に火傷跡があるのだと言い、決して姿を見るなと羽白に伝える。「見るな」のタブーと人魚のイメージ。アオと過ごす現実離れした幻想的な夜の海辺が美しい。

十代の「特別な夏」を描く

以上『この夏のこともどうせ忘れる』に収録されている全五編を簡単にご紹介させていただいた。収録されている五編に共通しているのは、十代の「特別な夏」。特定の期間だけの、濃密な時間、特別な関係性を描いている点にある。

圭人と香乃、千夏と藍莉、ミナミとサツキ、梨奈と晃弘、羽白とアオ。全ての関係は「この夏」限りのものであることが暗示されている。永続しない関係性だからこそ愛おしく切ない。ただ、「どうせ忘れる」は「きっと忘れない」「忘れられない」の裏返しなのではないだろうか。 とも思うのである。

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