昭和の名作を紹介するシリーズ、佐々木丸美編、七作目の登場である。
二時代前の作品をすることになってしまった。昭和時代に明治の作家の作品紹介をしていた人はこんな気分になったりしたのだろうか。
佐々木丸美「館」シリーズの完結編
1980年刊行。『崖の館』、『水に描かれた館』に続く、佐々木丸美の「館」シリーズ三部作の掉尾を飾る作品である。このシリーズは、三部作すべてを読まないと、評価が難しい作品である。必ず『崖の館』『水に描かれた館』を読まれた上で、『夢館』に挑戦して頂きたい。
なお、本エントリでは『崖の館』『水に描かれた館』の結末について、更には「孤児」シリーズの内容についてもネタバレ言及しているのでご容赦頂きたい。
最初の文庫化は講談社から。1988年に登場している。
その後、佐々木丸美作品が刊行されない冬の時代が到来する。1990年代以降「館」シリーズ3部作も入手困難な幻の名作扱いであったが、2000年代に入ってからファンによる復刊運動が展開され、まず2007年に東京創元社版が登場した。
更に、続いて2008年にブッキング(復刊ドットコム)版が登場している。
なお、東京創元社版は1988年の講談社文庫版を、そしてブッキング版は1980年の単行本版を底本としている。
あらすじ
四歳の時に両親を交通事故で失い、孤児となった千波は吹原家に引き取られて暮らすことになる。血縁の無い千波を引き取ることを決めた、館の主、吹原恭介は彼女に対して不可解な執着を示す。しかし、恭介への思慕を募らせた女性には、残酷な運命が待ち受けていた。姿なき殺人者の魔の手は、美しく成長した千波にも及ぼうとするのだが……。
ココからネタバレ
何度でも生まれ変わって添い遂げる
『崖の館』『水に描かれた館』と続けて読んでこられた方はお分かりいただけるかと思うが、冒頭からしてまず衝撃的である。『崖の館』で命を落としたはずの千波が、養女として再登場する。しかも養親は『水に描かれた館』で登場した吹原恭介なのである。最初は同姓同名の別人なのかと訝しみながら読んでいくと、四歳の幼女千波は恭介と添い遂げるために、かつての彼女が転生してきた姿であることが判る。なんと「館」シリーズは転生モノだったのである。
過去二作で、千波は既に亡くなっている人物であるにも関わらず、異様なまでに強烈な存在感を放っていた。それもそのはず、やはり「館」シリーズのヒロインは千波だったのである。
遠い昔、愛しあいながらも死を選ぶしかなかった二人。転生して再び愛を育むことを願うが、『崖の館』で千波は命を落としてしまい、『水に描かれた館』に吹原が訪れた時にはすべてが終わった後であった。たびたび引き裂かれる運命に対して、三度目の挑戦がなされるのが本作である。改めて読みかえしてみると、過去の二作では千波と、吹原の擦れ違いの悲劇が周到に綴られていた。何度も何度も繰り返し宿命に翻弄されてきた千波は、その想いを遂げるべく全てを賭して苦難に向き合う。
本格ミステリからサイコサスペンスへ
『夢館』では、過去二作であったような本格ミステリ的な要素は完全に身を潜めており、幻想的で、ひたすら内面に潜っていくような物語に変貌している。未必の故意。姿を見せない殺人者との心理戦。どちらかというとサイコサスペンス的な側面の方が強いかな。
『水に描かれた館』あたりから顕著になっていた、スピリチュアル的な要素もかなり濃厚になってきており、本格ミステリ作品を期待していた方、超自然的な展開が苦手な方にとっては特にこの巻はきついかもしれない。
ふたたび「崖の館」へ
『夢館』の中盤くらいまで読み進めると、このシリーズの骨格、全体像が見えてくる。作者の仕掛けた、凝りに凝った物語構造にはほとほと感嘆させられるのだが、更に大きな感動が得られるのは、全ての記憶を取り戻した千波が「崖の館」を再訪して以降であろう。
成長した哲文や、伯母との再会(さすがに涼子は呼ばれてなかった)。吹原を襲う危機と千波の決意。終盤の畳みかけるような展開は圧巻である。遠まわりを繰り返してきた二人がようやくその想いを遂げるラストシーンは、読み手の心にいつまでも残る幸せな情景ではないだろうか。
何度も書いてしまうが、本作は『崖の館』『水に描かれた館』と続けて三作全て読んで初めて完結する物語である。通して全てを読むことでヒロイン千波の積年の想いの深さが読み取れる仕掛けになっている。是非とも『崖の館』から読み始めることを強くお勧めしたい。
「館」シリーズ前二作の感想はこちらから
佐々木丸美の「館」シリーズ一作目『崖の館』の感想はこちらから。
佐々木丸美の「館」シリーズ二作目『水に描かれた館』の感想はこちらから。
第五の「孤児」シリーズとして
おまけ(笑)。
本作は「孤児」シリーズ外伝、第五の「孤児」シリーズとも言える作品である。数奇な宿縁に導かれ、魅力的な年上の男性に引き取られた少女たち。彼女らがさまざまな苦難を乗り越えて、真実の愛を勝ち取っていく姿は「孤児」シリーズではお馴染みの展開である。愛する伴侶を勝ち取るために犠牲を必要とすること(千波の捧げた犠牲の大きさはシリーズ最大だろう)、更にラストシーンで雪が降るところまで同じなのである(再読してやっと気づいた)。
しかも、本作は従来の「孤児」シリーズと、世界観を同じくする物語なのである。吹原の父親は、禾田進介の恩師であり、若き日の本岡剛三まで登場する。佐々木丸美の諸作品は、思わぬところで他の作品とリンクしていることが多い。こうした繋がりをたどっていけるのも、佐々木作品ならではの愉しみと言えるかもしれない。
「孤児」シリーズ四作の感想はこちらから