佐々木丸美作品の全作レビュー第二期、「館」シリーズ編をスタートしてみよう。まずはシリーズ一作目の『崖の館』の登場である。
佐々木丸美「館」シリーズの一作目
1977年刊行作品。デビュー作の『雪の断章』の次に書かれたのが本作である。
この作品で、作者ははじめての本格的なミステリ作品に挑戦している。前作がリリカルサスペンスなら、今回はリリカルミステリーというところだろうか。
後に続く、『水に描かれた館』『夢館』と共に「館」シリーズ三部作を構成している。「孤児シリーズ」と並んで、佐々木丸美の代表作である。
最初の文庫版は1988年に講談社から登場。
その後長らく、絶版状態となり、幻の作品扱いとなっていたが、2000年代に入ってから復刊の動きがあり、まず2006年に東京創元社版が登場した。
続いて2008年にブッキング(復刊ドットコム)版が登場している。
東京創元社版は1988年の講談社文庫版を、そしてブッキング版は1977年の単行本版を底本としている模様。この二冊は比較的近しい時期に復刊されているが、底本を異とすることで差別化を図っているわけだ。
あらすじ
北海道、様似(さまに)郊外。人里離れた百人浜の崖の上にその館はあった。不可解な死を遂げた美しい従兄弟、千波。それは事故なのか、他殺だったのか?彼女の死から二年後、ふたたび館に集まった6人の従兄弟たちがその真相を探ろうとする中で、新しい事件が起こる。外界から隔絶された館、雪の密室。果たして犯人は誰なのか?
ココからネタバレ
「館」シリーズは三作で1セット
佐々木丸美のもう一つの代表的なシリーズ「孤児」シリーズは、四作バラバラに読んでも差支えなく、四作全て読んで初めて明らかになる謎といったものも存在しなかった。
しかしながら「館」シリーズでは、今回紹介している『崖の館』、そして『水に描かれた館』『夢館』を刊行順に三作続けて読むことを強くお勧めしたい。もちろん各巻を単独で読んでも個々に完結した物語ではあるのだが、このシリーズの真価は、三作目の『夢館』での超展開にある。『崖の館』『水に描かれた館』と続けて読んできて、『夢館』を読み始めた時のショックを是非とも味わって頂きたい。
物語を牽引する涼子と哲文コンビ
シリーズ第一作である『崖の館』と、第二作の『水に描かれた館』で物語の語り手となるのが涼子である。涼子は登場人物中最年少の高校二年生。現在浪人中の哲文とは憎からず想いあう仲であり、物語はこの二人を中心に進行する。
佐々木丸美のリリカルな文体は、少女を語り手としたときにもっともその力を発揮する。「孤児」シリーズ同様に、過剰なまでに詩的な筆致は今回も健在なので、読み手を選ぶ作品であるが、荒涼とした北の大地で繰り広げられる惨劇の顛末を、幻想的な雰囲気の中に閉じ込めるには、最適の文体ではあったかと思う。
いまは亡き少女の圧倒的な存在感
涼子の視点で物語は進行していくが、この物語には真のヒロインが存在する。
既に亡くなっている千波の存在感が非常に大きく、事件の謎を解いていく過程で、千波の人物像がより鮮明になってくる。その人物はもはや存在しない(あるいは登場しない)のだが、周囲の人間たちにその人柄、言動、足跡を語らせることで、本人を描かずして、その存在を際立たせているのだ。
この不在の在というテクニックが、本作では見事に成功している。犯人の動機がかなり特殊なものであるだけに、千波の特異なキャラクターをしっかりと描いておくことが重要だったのだろう。
成長した涼子と哲文に会いたい方にはこちら
本作に登場した涼子と哲文は1982年作品の『橡家の伝説』そして1984年作品の『榛家の伝説』(佐々木丸美最後の作品でもある)にも登場する。いずれも、感想を書いてあるので興味のある方はどうぞ。
その他の佐々木作品の感想はこちら
佐々木丸美の「館」シリーズ2作目『水に描かれた館』の感想はこちらから!
佐々木丸美の「孤児」シリーズ1作目『雪の断章』の感想はこちらから!
佐々木丸美の「孤児」シリーズ2作目『忘れな草』の感想はこちらから!
佐々木丸美の「孤児」シリーズ3作目『花嫁人形』の感想はこちらから!
佐々木丸美の「孤児」シリーズ4作目『風花の里』の感想はこちらから!