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『アホウドリの迷信 』岸本佐知子・柴田元幸セレクトによる、現代英語圏異色短編コレクション

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魅惑の異色短編アンソロジー

2022年刊行作品。編者にして翻訳を担当しているのは、岸本佐知子(きしもとさちこ)と、柴田元幸(しばたもとゆき)の両名。

本書は、柴田元幸が編集長を務める文芸誌「MONKEY」の第23号で企画された特集「ここにいいものがある。」にてセレクトされた作品に、更に二編を加えて単行本化されたもの。

アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション

作品の選択基準は以下の通り。

  • ほとんど読まれていない作家であること
  • 現代の作品の中から選ぶが、面白ければちょっとくらい、あるいは大いに古くても構わない。
  • 全作品で四百字換算で百二十枚以内であること

岸本佐知子と、柴田元幸で、それぞれに四人の作家をピックアップ。交互におススメ作品を紹介していく構成で、二人紹介するごとに、「競訳余話」と題された対談形式の解説が入る。読後にすぐ解説が入るので、慣れない作家を読む側としてはありがたい趣向だ。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

海外文学が好きで、新しい作家、読んだことがない作家さんを開拓したい方。翻訳者、岸本佐知子と、柴田元幸のファンである方。バラエティな内容に富んだ、海外作家によるアンソロジーを読んでみたい方におススメ!

あらすじ

ノルウェー人作家が妻の口を借りて語る、とある男女の物語(大きな赤いスーツケースを持った女の子)。女装してチアガールをすることになった高校生の内面の変化(オール女子フットボールチーム)。三人の老婆と暮らす幼い少女のお話(足の悪い人にはそれぞれの歩き方がある)。男に逃げられた妊婦の見る幻影(アホウドリの迷信)。奇妙な児童の家に招かれた少女は謎の機械に魅せられていく(アガタの機械)。子育てに苦悩する若い母親の物語(野良のミルク、他)。私が列車に轢かれて死んだ夜の話(最後の夜)。戦争よって塗り替えられていく姉妹の日々(引力)。8作家、計10編を収録した競訳アンソロジー。

ここからネタバレ

以下、各編ごとにコメント。

大きな赤いスーツケースを持った女の子

伝染病が蔓延する世界で、引きこもって生活する人々がそれぞれに「物語」を語ることになる。空港で一瞬だけ出会った女を忘れられないでいた男。奇跡的な再会を遂げたあとに、二人は関係を深めていくのだが……。

原題は「The Girl with the Big Red Suitcase」。作者のレイチェル・クシュナー(Rachel Kushner)は1968年生まれのアメリカ人作家。邦訳作品には『終身刑の女』がある。邦訳された単著があるのは、この人だけかな。

伝染病なので外には出ない。中に籠ってみんなで話をしましょう。という、ボッカッチョの『デカメロン』の作例にならった、2020年の「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」による「デカメロン・プロジェクト」の一環として書かれた作品。ポオの『赤死病の仮面』へのオマージュともなっている感じ。

メインの語り手はノルウェー人の夫なのだけれども、彼は英語が話せないので、実際に語って聞かせるのは妻。語りは何度も中断され、内容を巡って夫妻の間では討論が交わされる。口述で語られる物語ならではの絶妙の間、雰囲気が良い。ラストでいきなり「ちょっといい話」に変貌する、鮮やかなオチも好み。

オール女子フットボールチーム

アメリカのとあるハイスクール。全員が女性で構成されたフットボールチームが誕生する。主人公は、彼女たちを応援するための男性だけで作られたチアガールチームの一員となることに。

原題は「The All-Girl Football Team」。作者のルイス・ノーダン(Lewis Nordan)は1939年生まれのアメリカ人作家。2012年に他界されている。本編は1986年刊行の第二短編集『The All-Girl Football Team』に収録されているもの。本書に収録されている中では古めの作品。

最初は全然乗り気ではなかったのに、後半からノリノリでチアガールになりきっていく主人公。父親の女装癖。南部の男の自尊心。女装することで変わっていく自分。一夜限りの魔法の時間が過ぎていく。十代男子の高揚感が眩しく感じられる一篇。

足の悪い人にはそれぞれの歩き方がある

帰ってこない父親モンティを待つ。幼い娘と、三人の老婆。あまり幸福とはいえない人生を過ごしてきた老婆たちは、モンティへの強い執着を見せる。だが、ようやくにして帰宅したモンティは、この家に長くは滞在してくれない。

原題は「Every Cripple Has His Own Way of Walking」。作者のアン・クィン(Ann Quin)は1936年生まれ、1973年に自殺しているイギリス人作家。近年、再発見され、2018年に刊行された未発表作を集めた作品集『The Unmapped Country』に本編は収録されている。

原文にはカンマ「,」がないらしく、邦訳版でも読点「、」が一切ない。みっしり詰め込まれた文字が、三人の老婆と孫娘が暮らす「家」の、ゴチャっとした雰囲気を表現している。知らない人の家にあがりこんでしまったかのよう。申し訳ない感じ、居たたまれなさを読み手に与えてくる。この物語の主人公は「家」そのものであったのかもしれない。

アホウドリの迷信

妊娠発覚後、男は稼ぎを得るために船に乗り、ポリーのもとを去った。残された彼女は男の消息を追い求めるが、その行方は杳として知れない。ある朝、彼女はアホウドリの幻影を見る。アホウドリの中には死んだ船乗りの魂が入っている。それは死んだ男の魂なのか?

原題は「The Superstition of Albatross」。作者のディジー・ジョンソン(Daisy Johnson)は1990年生まれのイギリス人作家。2016年デビューとあるので、かなり最近の作家。デビュー作となった短編集『Fen』に本作は収録されている。

残された女の寂寞感と、もう男は戻ってこないのではないか、生きてはいないのではないかという諦念。男は帰っては来るのだが、それはもはや人の姿ではなかった。現実を侵食してくる幻想は女の想いなのか、男の妄念なのか。

ちなみに、ネコのその後が気になるのはわたしだけだろうか。

アガタの機械

11歳の私は、同級生の天才児アガタの家で、彼女が作った不思議な機械に遭遇する。アガタの機械が見せる幻燈にいつしか囚われていく私。その事実は家族に知られることとなり、私はアガタの家に行くことを禁じられる。

原題は「Agata’s Machine」。作者のカミラ・グルドーヴァ(Camilla Grudova)はカナダ出身でエジンバラ在住の作家。2017年刊行のデビュー作『The Doll's Alphabet』に本作は収録されている。

仲がいいわけでもないのに、不思議な機械の魅力に惹かれて同じ時間を過ごすようになるふたり。機械が映し出す幻想的な光景。やがて子どもの時間は終わる。歳月を経てふたりは再会を果たすのだが、過ぎ去った時間の流れが、その関係を遠いものにしてしまう。大人になり変わってしまった自分と、何も変わっていないアガタ。この対比のコントラストが切ない。

野良のミルク/名簿/あなたがわたしの母親ですか?

保育園の先生との確執。育児に苦悩する母親(野良のミルク)。とある私立大学に赴任した英文科教員の苦悩(名簿)。母親から「わたしはあなたの母親ではありません」と電話がかかってきて(あなたがわたしの母親ですか?)。

原題は「Wild Milk」「The Roster」「Are You My Mother?」。この三編はアメリカ人作家、サブリナ・オラ・マーク(Sabrina Orah Mark)の作品。2018年刊行の『Wild Milk』に収録されている。いずれも10ページ程度のごくごく短い作品。短編と言うよりは掌編か。

母であることの苦悩であったり、母親との距離感であったり、「母」テーマでくくられた三編。もともとが詩人ということもあってか、散文詩のような面持ちも感じさせる作品群。わたしにはかなり難解だった。

最後の夜

精神に変調をきたし、自殺未遂を繰り返し、施設に収容された十七歳の私。列車に飛び込んで死ぬ。この晩を最後の夜と決め、二人のルームメイトたちと私は施設を抜け出して街に出る。人生の決定的な転換点となった一夜を描く。

原題は「Last Night」。作者のローラ・ヴァン・デン・バーグ(Laura van den Berg)は2009年デビューのアメリ人作家。本作は2020年刊行の『I Hold a Wolf by the Ears』に収録されている。

若い時分に自殺未遂を繰り返しながらも、結果として死ななかった、大人になることが出来た「生き残り」のお話。後になって考えると、あれは人生の決定的瞬間だった、奇跡のような時間だったと思える出来事がある。人生の中ではごくごくわずかな時間。でも、その瞬間、その時間だけ、その場にただ傍に居てくれたことが救いになる。かけがえのない時間を過ごしたルームメイトたちとの女性同士の連帯が心に沁みてくる。

引力

水泳を愛していた少女の生活は、戦争によって一変した。街中で砲弾が炸裂し、戦車が走り抜ける中、少女の家族は国を出ることを決める。難民となった彼らはゴムボートでエーゲ海に乗り出す。彼らの行く手に待つものはなにか……。

原題は「The Pull」。作者のリディア・ユクナヴィッチ(Lidia Yuknavitch)はアメリカ人作家。本作は2020年の第一短編集『Verge』に収録されている。

シリア難民?と思われる人々が主人公。平穏な生活が突如として終わり。戦禍を逃れるために海外へ逃亡する。粗末なゴムボートに詰め込められ、あてどもなくエーゲ海を漂う。ボートを牽引する少女たち。物語の結末は描かれない。

「これが気に入ったらこれもお勧め」が秀逸

以上、非常に雑で申し訳ないのだが、『アホウドリの迷信 』収録の各編についてコメントさせていただいた。海外文学を読み慣れていないので、語るべき言葉を持ち合わせないのがお恥ずかしい。もう少し数をこなさないと、ダメだなあ。

ちなみに、本作の巻末では岸本佐知子による「これが気に入ったらこれもお勧め」リストが公開されている。これがなかなか秀逸だったのでご紹介しておこう。

本作に収録されている八人のうち、気に入った作家がいて、同じようなテイストの作品を読みたかったらこれを読むといいよ。というブックガイドになっているのだ。

  • 大きな赤いスーツケースを持った女の子
    →舞踏会へ向かう三人の農夫(リチャード・パワーズ)
  • オール女子フットボールチーム
    →遠い町から来た話(ショーン・タン)
  • 足の悪い人にはそれぞれの歩き方がある
    →遁走状態(ブライアン・エヴンソン)
  • アホウドリの迷信
    →空中スキップ(ジュディ・バドニッツ)
  • アガタの機械
    →雲(エリック・マコーマック)
  • 野良のミルク/名簿/あなたがわたしの母親ですか?
    →ほとんど記憶のない女(リディア・ディヴィス)
  • 最後の夜
    →掃除婦のための手引書(ルシア・ベルリン)
  • 引力
    →メアリ・ヴェントゥーラと第九王国(リルヴィア・プラス)

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