今回も著者の由野寿和(ゆうやとしお)さまより、ご著書をご恵投いただきました。感想を書くのが遅くなってしまい申し訳ないです。
由野寿和の第二作が登場
2024年刊行作品。幻冬舎メディアコンサルティングから発売されている。作者の由野寿和は2022年の『再愛なる聖槍(さいあいなるせいそう)』がデビュー作。本作『アイアムハウス』は二年振りに上梓された第二作となる。
版元の幻冬舎メディアコンサルティングが配信しているWebメディア、ゴールドライフオンラインでは、全24回にもなるイラスト付きのダイジェスト版が公開されている。気になる方は、まずはこちらからチェックするのもアリだろう。各キャラクターのビジュアルイメージが得られるのは嬉しいかも。このイラストはAIなのかな?
前作『再愛なる聖槍』の感想はこちらから。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
家族が抱えるさまざまな問題について考えてみたい方。警察小説的な側面が強いミステリを読んでみたい方。静岡県を舞台としたミステリ作品に興味がある方。土地が持つ独特の力について考えてみたい方におススメ。
あらすじ
静岡県、世界遺産藤湖の近郊に造成された高級住宅地十燈荘。この地で惨殺された秋吉家の人びと。両親と娘が殺害され、唯一生きのこった長男も生死の境をさまよい続けている。彼らは何故狙われたのか?事件の背後には十六年前に起きた「妊婦連続殺人事件」が関連しているのか?静岡県警で「死神」と恐れられる刑事深瀬は、因縁の事件に立ち向かっていくのだが……。
ここからネタバレ
閉鎖的な環境下での猟奇的な殺人事件
被害者である秋吉家の人びとと、その殺害状況は以下の通り。いずれも、彼らの趣味に寄せた殺害方法が試みられている。
- 秋吉航季(夫):ゴルフボールを胃に詰められ窒息死(趣味/ゴルフ)
- 秋吉夏美(妻):業務用冷蔵庫の中で凍死(趣味/料理)
- 秋吉冬加(長女):浴槽でワイヤーのようなものに縛られ溺死(趣味/ダンス)
- 秋吉春樹(長男):ゲームのコードで首を絞められ瀕死(趣味/ゲーム)
事件が起きたのは静岡県藤市の十燈荘(じゅっとうそう)。藤市は架空の自治体だが、富士五湖周辺をイメージしたものだろうか。世界遺産の藤湖があり、十燈荘は高級住宅地、高級別荘街として知られている。
こうした高級住宅街ともなると、簡単に住むことは出来ない。地元住民たちの厳しい審査をクリアして、はじめて居住が許される。ここでは経済的、社会的に成功したものだけが居住を許される。そのため住民には選民意識が強く、余所者は容易に立ち入ることもできない。外界から隔絶された十燈荘。十燈荘に入るには、唯一の入り口である藤湖トンネル(通称神の道)を通る必要がある。
次から次へと現れる怪しい登場人物
本作の主人公となるのは、静岡県警の敏腕刑事、深瀬肇(ふかせはじめ)だ。彼は奇しくも同じ十燈荘で起きた、十六年前の「妊婦連続殺人事件」で相棒の鳥谷を殺されている。「妊婦連続殺人事件」は被疑者の死亡によって不自然な形で、幕が引かれている。今回の事件は、十六年前の事件と関係があるのか?抜群の捜査能力と、特異な容貌から「死神」とあだ名される深瀬が、物語を牽引する。
以下、本作に登場する怪しいキャラクターたち。彼らは本当のことを話しているとは限らず、嘘はついてない時でも、言うべきことを省略している場合もある。彼らが証言を始めるたびに、事件は進展するようで更に謎が深まる。
- 堀田まひる:十燈荘で親の代から花屋を営む。事件の第一発見者
- 吉田静男:十燈荘の管理会社、十燈エステートを経営
- 間宮成美:十燈荘唯一のクリニックの院長
- 前川隆史:リフォーム会社の社員。秋吉家のリフォームを担当
- 後藤昌:秋吉航季の同級生。医師
なんだか警察も怪しい
十六年前に起きた「妊婦連続殺人事件」では、当時の捜査員のひとりであった刑事鳥谷とその妻が殺害されている。警察の世界において、同僚殺しは何が何でも犯人を捕まえなければならない最重要案件だ。当時、鳥谷とコンビを組んでいた若き日の深瀬は、犯人逮捕寸前のところで、犯人に焼身自殺をされてしまっている。そのため、十分な証言が得られず、「妊婦連続殺人事件」については未解明の謎が多々残っている。
以下が、本作に登場する静岡県警の皆さん。
- 深瀬肇:静岡県警の捜査一課所属。主人公
- 笹井幸太:静岡県警の若手刑事
- 木嶋佳弘:静岡県警の捜査一課長
- 大中耕作:静岡県警の管理官
- 野沢拓郎:静岡県警の刑事
- 鳥谷:元静岡県警の刑事。十六年前の事件で殉職
なぜか深瀬の独断専行を許していたり、過去の事件にたいして歯切れが悪かったり、十燈荘のお偉いさんには頭があがらなかったりと、釈然としない部分が多い。何か大事なことを隠しているようで、警察サイドの人間なのに、とても怪しく思えてくるのである。
超自然的な力の存在?
どんな事件でも瞬く間に解決してしまうスーパー刑事深瀬。彼には事件現場となった家の「声」を聴くことができるのだという。だいたい十燈荘でばかり凶悪犯罪が起こるのも怪しい。あれ?もしかして、本作は超自然的な何かが事件に関わってくる系の話なのか?と、さんざん読者を引っ張っておいて、あくまでも現実世界のルール下で、事件の解法が示されるのが本作の面白いところ。
登場人物の誰もが本当のことを言っていない。重要な秘密を隠し持っている。心の中に自らの欲望を封じ込めている。嘘で塗り固めた秋吉家の悲劇は、人々のどす黒い感情が最悪の形で現実化してしまったもののように思える。
また、表向きは現実世界のルール下で事件を解決してみせながらも、犯人の異常とも思える人心操作の力や、同じ場所で何度も起きる凄惨な事件、これらは十燈荘という土地に宿った呪いとも思える場の力が作用しているように思える。いずれこの土地でふたたび惨劇が起こるのでは?と、暗い予感を読み手に抱かせる。
大ラスでのタイトル回収は、綺麗に決まって美しいのだが、唯一の生存者、秋吉春樹が命をとりとめたのは希望でもあると同時に、再び事件が連鎖する可能性を残してしまったことでもある。深瀬の力強い前向きな決意で、物語が締められているのは数少ない救いだろうか。
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