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『再愛なる聖槍』由野寿和 クリスマスイヴ、大観覧車がジャックされる

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由野寿和の第一作

著者の由野寿和(ゆうやとしお)さんより作品をご恵投頂き、作品の感想を書かせていただけることになりました。由野さんありがとうございます!

『再愛なる聖槍(さいあいなるせいそう)』は2022年の刊行作品。タイトルは「再愛」であって「最愛」ではないので要注意である(重要)。

再愛なる聖槍

巻末の作者プロフィールを引用させていただくとこんな感じ。本作がデビュー作、ってことでいいのかな?

1990年福岡県生まれ。高校を卒業後に単身渡米。物語を愛する精神のもと作品を執筆している。

『再愛なる聖槍』奥付より

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

クリスマスイヴに観覧車がジャックされる!この魅力的な設定に惹かれる方。遊園地を舞台としたミステリ作品を読んでみたい方。警察小説的なジャンルがお好きな方。社会派のミステリがお好きな方におススメ。

あらすじ

クリスマスイヴ。都内のテーマパーク、ドリームランドの人気アトラクション、大観覧車ドリームアイがなにものかにジャックされた。娘と共に観覧車に乗り合わせた、元刑事の仲山は、否応がなく事件に巻き込まれていく。次々に爆破されていくゴンドラ。犯人の目的は何なのか?犯人との交渉を経ていく中で、仲山は自身も関与した、五年前に起きた未解決事件との関連に気付いていくのだが……。

ここからネタバレ

観覧車をジャックする

テーマパークの観覧車がジャックされてしまう。観覧車の制御を犯人に奪われ、中の乗客たちは外に出ることが出来ない。犯人は周囲の通信妨害も行っており、所持している携帯端末は役に立たない。唯一外部と会話が出来るのは、ゴンドラに取り付けられた係員連絡用の通話機のみ。観覧車ジャックという設定が、まず面白い。掴みとしてはバッチリ。情報も行動も制限された状況下で、主人公がいかにして事態を打開していくのか、読む側としても興味がそそられる。

警察小説的な側面

主人公の仲山は、かつてこのテーマパーク近くの交番に勤務していた警察官。キャリア組でありながら昇進を望まず、退職までずっと交番勤務だったという、かなり変わった人物(なんでキャリア試験受けたんだよ!という疑問は残るが)。

一方、ライバルキャラとして警視庁捜査一課の貝崎が登場する。貝崎はこの観覧車ジャック事件の捜査指揮を執る。仲山と貝崎は警察学校時代の同期という設定。優秀でありながら、あくまでも警官としての職にこだわる仲村に嫉妬し、強烈な上昇志向のもと、なりふり構わぬ仕事ぶりで、貝崎は警察内部での昇進を重ねていく。

事件の背後には、五年前に起きた凄惨な少女殺害事件が横たわっている。仲山は被害者の少女と面識があった。一方の貝崎は事件の第一発見者であった因縁を持つ。五年前の事件は未解決のままであり、仲山も貝崎も重大な秘密を隠している。過去の事件はやがて、現在の観覧車ジャックに繋がっていることが明らかとなり、仲山がこの場に居合わせていることも犯人によって仕組まれたことであることが判明する。

無関心が招いた犯罪

この日、観覧車に乗せられたのは全て、五年前の事件の関係者たちだった。彼らの多くは、五年前のクリスマスイヴの日、殺害された少女が一人きりで居ることに気付きながら、それを見過ごした人々だった。結果として少女は変質者によって殺害されてしまった。彼らの中で、ひとりでもいいから少女に声をかけていたら犯罪は起きなかったのではないか。あの事件は人間の無関心さが招いた事件だったのではなかったか。犯人の強い憤りが観覧車ジャックへと繋がっていく。

この物語のよりやりきれないところは、犯人自身も無関心という罪からは逃れられていないところにある。被害者少女の祖父であった犯人は、引っ込み思案で地味な少女であった孫娘への愛情が希薄だった。クリスマスイヴの日に、ひとりで少女を外に出してしまった犯人自身にも負い目があった。

ラストでのタイトル回収

本作の冒頭には「聖槍(せいそう)」についてのエピソードが紹介される。いわゆる「ロンギヌスの槍」である。ローマ兵ロンギヌスは、イエス・キリストの処刑後に、その死を確認するために手にしていた槍でそのわき腹を刺した。

誤解されがちだが、「ロンギヌスの槍」はイエスを殺すために使われたのではなく、イエスの死を確かめるために使われている。

既に死しているものの死を、改めて確認するために使われる槍として、本作では「聖槍」という言葉が象徴的に使われている。つまり五年前に死亡している少女の死を再び確認するために、この観覧車ジャックは起こされている。

一見すると、少女の死への強い憤りから、観覧車ジャックを起こしたかに見えて、本質的な部分では実は単なる自己欺瞞でしかなかった犯人の身勝手さが判明する。ラストに明かされる被害者少女の切なる心情と相まって、なんともいえない読後感が残る。

余談

各章の時間表記が、24時間表記なのに、午前、午後が頭についている。24時間表記になっている時点で、午前、午後の別は自明なので、これはさすがにおかしいのでは?このあたりは、校正の人も、ちょっと頑張って欲しいところ。

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