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『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

『サウンドトラック』古川日出男 展開の読めなさ加減が凄い!

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とにかく展開が読めない作品

2003年刊行。いやホントにもう古川日出男(ふるかわひでお)作品の展開の読めなさ加減は異常。この読めなさ加減を楽しむ一冊である。

集英社文庫版は2006年に登場。この際に上下巻構成に改められている。

サウンドトラック 上 (集英社文庫) サウンドトラック 下 (集英社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

意外性のある作品。この先どうなるのかわからない。ストーリー展開がまったく読めないタイプの小説を読んでみたい方。民族主義や、温暖化の問題を扱った作品に興味のある方。初期の古川日出男作品を読んでみたい方におススメ。

あらすじ

父を失ったトウタと母に死なれたヒツジコ。小笠原の孤島で兄妹として育った二人は数奇な運命を経てやがて東京へ流れ着く。2009年の東京。そこはヒートアイランド現象が極限にまで達した亜熱帯の街へと変貌していた。流入が止まらない外国人労働者たち。治外法権化していく神楽坂。高まり行くナショナリズム。再会を果たした二人が目にした新しい東京の姿とは……。

ここからネタバレ

凄い導入だけどさらりと流す

セイリング中の海難事故で父を亡くしたトウタと、入水する母親に抱かれ海中に投げ込まれながらも九死に一生を得たヒツジコ。未就学児の彼ら二人が絶海の孤島で体験する過酷なサバイバル生活……、って、こんなスゴイ設定なのに、全然そういう話にならない(笑)。もっと引っ張るかと思っていたらこんなのは全然序章。

そして文明社会に「発見」され、養親の元、小笠原本島での生活を始めるトウタとヒツジコ。しかし野生の中で育った二人の存在は、周囲との軋轢を生んでしまう……。って流れで、成る程、これは野生なる存在である無垢なる子供たちと、現代文明の相克みたいな話になるのかと思わせておいて、そんな話にもまるでならない。こんなのは単なる前置きに過ぎなかった。

現代の東京の姿を予見した一作

物語が動き始めるのは二人が東京にやって来てから。第三の人物レニが登場してからだ。描かれる東京の姿がやけにリアル。温暖化や外国人労働者なんて旬な話題をこの時点で取り入れているのは、さすがの先見の明。イスラム街と化した神楽坂なんて一瞬本気で信じかけてしまい、検索までしてしまったよ。昨今の大久保界隈の変貌を見ると、それくらい十分ありそうな話なのである。

灼熱の東京。煮えたぎるリビドー。暴走する民族主義。ありそうな気がするパワフルでとびきりカオスな近未来。途方もない量のエネルギーが内包された作品で、どこに連れて行かれるのか、なにがどうなっているのか判らないけど、ページを繰る手が止められないと言う不思議な物語だった。

この作品、前半部分は「小説すばる」掲載の三編をベースにリミックスしたもので、後半部分は書き下ろしと、かなり変わった成り立ちのうえに完成したようで、先行きの予想の出来なさは、こうした成立事情にも原因がありそうだ。各エピソード間の継ぎ目の部分にはどうしても違和感を覚えてしまうし、決して完成度が高いとはお世辞にも言えない仕上がりなのだが、その膨大な熱量の前にはただひれ伏すしかない、そんな感じの怪物作品。なかなかこういう話は書けないと思うぞ。

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