ネビュラ賞、ヒューゴー賞、ローカス賞、サイドワイズ賞を受賞!
2020年刊行作品。作者のメアリ・ロビネット・コワル(Mary Robinette Kowal)は1969年生まれのアメリカ人作家。
本作『宇宙(そら)へ』の、オリジナル米国版は2018年に刊行されており、原題は『The Calculating Stars』である。米国の主要なエスエフ文学賞である、ネビュラ賞、ヒューゴー賞、ローカス賞を全て獲る偉業を達成しており、更に、歴史改変エスエフに贈られる、サイドワイズ賞も受賞。四冠の栄誉に輝いた作品である。
解説は堺三保(さかいみつやす)が担当。本作の他シリーズの話題が展開されると共に、『宇宙(そら)へ』のその後が思いっきりわかってしまうネタバレが書かれている。下巻に収録されている解説は間違っても先に読まないことをお勧めしたい。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)
宇宙開発、ロケットモノ、宇宙飛行士関連の小説が好きな方、女性が活躍するエスエフ作品を読んでみたい方、ワクワクして胸が熱くなるような密度の濃い物語に触れてみたい方、歴史改変系エスエフがお好きな方におススメ!
あらすじ
1952年に起きた未曽有の大災害。巨大隕石の落下によって、ワシントンD.C.をはじめとしたアメリカ東海岸の諸都市が壊滅状態に陥ったのだ。地球環境には深刻なダメージが与えられ、人類の生存にも重大な危機が訪れる。辛うじて災厄を生き延びたエルマは、ロケット工学者である夫のナサニエルと共に、宇宙開発の道へと乗り出していくのだが……。
ここからネタバレ
史実より早く始まった宇宙開発
巨大隕石の落下は、膨大な量の海水を水蒸気に変え、それはかつてないレベルの地球温暖化を招くことが判明。将来的には海水が沸騰するほどの気温上昇が常態化する。かくして人類は生存のために宇宙開発に目を向けざるを得なくなる。
史実ではガガーリンの人類初の有人宇宙飛行が1961年。アポロ11号に搭乗したアームストロング船長が月面に降り立ったのが1969年である。
これに対して、本作では有人宇宙飛行を1956年に。月面到達を1958年に達成している
巨大隕石の落下による大災害と、その後予想される人類絶滅の危機。状況を緊急事態下に設定することで、この物語では宇宙開発における時間の進み方を驚異的な勢いで加速化している。人類が核開発による軍事競争に明け暮れることなく、経済、科学、そして人的リソースを惜しげもなく宇宙開発につぎ込んでいたらどうなったか。そんな「if」の世界が描かれていくのである。一種の歴史改変系のエスエフ作品であり、これが滅法面白い。
男性優位、白人優位の社会と戦う
本作のヒロインであるエルマ・ヨークは11歳でハイスクールに。14歳で大学への進学を許された元天才少女である。数学の博士号を持ち、第二次大戦中は、アメリカ空軍女性パイロット部隊 (WASP)に所属し、豊富な飛行経験を持つ。
スーパーウーマンと呼んで差し支えない才能と実績を持つエルマだが、1950年代はまだまだ女性の社会進出が許されていない時代である。ずば抜けた才能を持っていた彼女は、男性社会の中で疎まれ、好奇の目に晒され、少女時代に深い精神的な外傷を負ってしまう。
優れた女性を受け入れようとしない男性社会の抵抗勢力。それは現在でも「ガラスの天井」などと揶揄されることがあるが、1950年代では遥かに強固で堅牢なものであったかと想定できる。
そして、1950年代は白色人種以外の人々への差別と偏見が、色濃く残っていた時代でもある。アメリカ空軍女性パイロット部隊 (WASP)に選ばれるのは白人女性ばかり。大災害が起きても人命救助は白人が優先される。宇宙飛行士の試験にも黒人や、アジア人は書類選考にすら通らないのである。
女性が男性と同じステージで活躍すること。白人以外の人種にも同等の権利が与えられること。この二つは本作の大きなテーマとなっている。作者がこの時代を舞台に、こうした特殊な設定を用意したのは、これらのテーマに正面から向き合いたかったからなのではないかと考える。
初期の宇宙開発を支えた計算者たち
ヒロインのエルマは、卓越した計算能力を生かして、まずは「計算者(計算手)」として活躍する。計算者とは聞きなれない言葉だが、Wikipedia先生から引用させていただくと、以下のような職業である。
計算手(けいさんしゅ、英:computer, human computer)とは、電子計算機が実用化される以前の時代において、研究機関や企業などで数学的な計算を担当していた人間のことである。現在では「コンピュータ」と言えば電子計算機を指すが、当時は "computer" という語の成り立ちが表す通り「計算する人間」のことであった。
コンピュータが実用レベルに達していなかった時代(もちろん電卓すら存在しない)、宇宙開発のための複雑な計算は人力で行われており、初期の宇宙開発ではその任は主として女性が担っていた。
エルマは数学の天才であり、特に複雑な計算を全て暗算で即時にこなす能力を持っていた。これがその後の彼女にとって大きなアドバンテージとなっていく。
『宇宙(そら)へ』の巻末でも紹介されているが、実在した計算者女性たちを描いた映画『ドリーム』が良作であるらしいので、こちらでもリンクを貼っておく。今度見てみるつもり。
女たちの物語
この物語では、ヒロインのエルマ以外にも、多くの女性キャラクターが登場する。アメリカ空軍女性パイロット部隊 (WASP)出身で、上院議員夫人のニコール・ウォーギン。上昇志向の強いジャーナリスト、ベティ・ロールズ。中国系アメリカ人の計算者、ホイラン・”ヘレン”・リウ。黒人計算者でパイロットの夫を持つ、マートル・リンドホルム。ブラジル人宇宙飛行士候補のジャシーラ・パス=ヴィヴィエロス。
さまざまな出自を持つ個性豊かな女性たちが、この作品をより魅力的なものとしている。彼女たちは仲良しチームではないし、時には対立し、時には罵倒し合うこともある。それでも、女性の自由が不当に抑圧された時代において、彼女たちは助け合い、粘り強く戦い抜き、やがて望んだ地位を勝ち取っていくのである。
最終盤に登場する、エルマとベティの対決シーン。化粧室の死闘とも言うべき女同士の戦いはこの作品のクライマックスなのではないかと思っているのだが、それはわたしだけであろうか。
シリーズ作品はたくさんある!
さて、解説にも書いてあるが、『宇宙(そら)へ』は、<レディ・アストロノート>と呼ばれる長大なシリーズ作品の一編である。タイトルを見るだけでネタバレになってしまうので、紹介するのは一番最後にしてみた(知りたくない方は見ないように)。
時系列的には、『宇宙(そら)へ』が現時点でエピソード5に相当する。前後のエピソードも読んでみたいので、本作が売れてくれることに期待。
<レディ・アストロノート>シリーズ作品リスト
『宇宙(そら)へ』下巻、解説 p404~405より
- The Lady Astronaut of Mars「火星のレディ・アストロノート」(2013年)中篇
- We Interrupt This Broadcast(2013年)短篇
- Rockets Red(2015年)短篇
- The Phobos Experience(2018年)短篇
- The Calculating Stars『宇宙へ』(2018年)本書
- The Fated Sky(2018年)5の続篇
- Articulated Restraint(2020年)短篇
- The Relentless Moon(2020年)6の姉妹編
- The Derivative Base(2022年刊行予定)6の続篇
※2021/9/23追記
『宇宙(そら)へ』に続く、長編第二作『火星へ(The Fated Sky)』が刊行されたので、さっそく感想を追記。気になる方はこちらをどうぞ。