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『揺籠のアディポクル』市川憂人 無菌室病棟での特殊設定ミステリ

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市川憂人の第五作

2020年刊行作品。作者の市川憂人(いちかわゆうと)は1976年生まれ。2016年のデビュー作『ジェリーフィッシュは凍らない』が第26回鮎川哲也賞を受賞している。

『ジェリーフィッシュは凍らない』以降、『ブルーローズは眠らない』『グラスバードは還らない』『神とさざなみの密室』とほぼ年に一作のペースで新作を上梓しており、本作『揺籠のアディポクル』は第五作となる。

講談社文庫版は2024年に刊行されている。

揺籠のアディポクル (講談社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

少年少女を主人公としたミステリを読んでみたい方。特殊設定下での本格ミステリ作品を探している方。意外な真相にビックリしたい方。病院や、感染症をテーマにした作品に興味がある方におススメ。

あらすじ

13歳の尾藤健は、無菌病棟の入院患者。そして病棟内にはもう一人の患者、赤川湖乃葉が居た。二人は、特殊な病気に罹患しており外気に触れることが出来ない。医師や看護師たちも、彼らを診察する際には厳重な防護服が必要となる。ある日、突然の災害で、一般病棟との連絡を絶たれた健と湖乃葉。そして無菌室の密室で事件は起きる。

ココからネタバレ

無菌病棟を舞台とした特殊設定ミステリ

本作の舞台となるのは、とある病院の無菌室病棟である。この病棟には主人公である尾藤健(びとうたける)と、ヒロインの赤川湖乃葉(あかがわこのは)の二人が入院している。彼らは特殊な病気に罹患しており、無菌室に隔離されている。彼らに接することが出来るのは、医師の柳と、看護師の若林ふたりだけ。この無菌室は厳重なセキュリティによって管理されており、出入りには大きな制約が課されている。

このような条件下で、一般病棟と無菌室病棟を繋ぐ渡り廊下が災害によって遮断される。そして誰も入室が不可能となった無菌室病棟の中で、赤川湖乃葉が殺害されてしまうのである。果たして誰が湖乃葉を殺したのか。ただひとり残された尾藤健の、孤独な探索が始まる。

孤独な探偵の物語

本作はミステリ、それも密室系の殺人事件としては極端に登場人物が少ない。冒頭部分でヒロインが死亡してしまい、医師や、看護師も中盤以降は登場しない。既に事件は起きてしまっており、それを主人公が隔絶された環境下でただ一人推理し、答えを探していくのである。

病棟内には電話や、スマートフォン、パソコンの類はなく、健の手元にあるのはネット接続されていないタブレットが一台あるのみ。テレビやラジオもない。誰も助けに来ず、助けを呼ぶことも出来ず、主人公視点での思索がひたすら続く。なんとも実に静かな物語なのである。

逆転する無菌室の真相

この物語では冒頭に感染症の発生について言及されている。真相が明らかになるにつれて、どうして健と湖乃葉が無菌室病棟に居たのかがわかるようになっている。無菌室は健と湖乃葉を外界の雑菌から守るためのものではなく、逆に彼らが感染している病気を外界に出さないための隔離措置であった。この反転の構図は面白い。

アディポクルと呼ばれるこの病気の感染率、そして致死率は極めて高く。この病院そのものが大規模な隔離施設であったことも判明する。東京都内にあるとばかり思われていた病院が、実は絶海の孤島のただなかに位置していたとわかる展開は実に劇的だ。

誰にも助けを求めることが出来ない。主人公の絶望を表す意味でも効果的な演出だったのではないかと思われる。

真相から逆算された設定

誰とも会話をしない。外界と連絡を取ることも出来ない。あまりに孤独な十年間を過ごし、真相にたどり着いた時にはもはや、どこにも行くことが出来ない。最終的に明らかにされる、主人公にまつわる秘密は相当にショッキングな内容である。この静かな絶望感は凄い。積み上げてきた無為な歳月と、変わらない自らの姿。そしていつまでも、殺されたときと同じ姿でそこにあり続けるヒロインの亡骸。これはかなりキツイ。発狂しそう。その真実すらも、また忘れてしまう主人公の特性が本当に哀しい。

ただ、この結末を導くために、アディポクルの屍蠟化する特性や、主人公の記憶や、発育に関する特殊な病状、備品室の豊富な食料ストックなど、あらかじめ結論ありきで設定が作られているかに読めてしまい、これはいささか苦しかったかな。「行為」の後に、そのままの状態でヒロインが死んでいるのもどうかと思うんだよね。

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