1980年代の音楽部モノ小説
2006年刊行作品。津原泰水(つはらやすみ)描くところの1980年代ブラバン小説である。
津原泰水は広島観音高校の吹奏楽部でコントラバス奏者だったらしい。経験に基づく部活描写が泣かせる。部活モノということもあり、登場人物はかなり多めで総勢34名。でも、冒頭に人物紹介図があるので、なんとか混乱せずに読める。会話文は全編広島弁で方言好きにはたまらない。
2009年に新潮文庫版が刊行されており、現在はこちらが手に入りやすいかと思う。
ちなみに、作者本人のTwitterによると、津原泰水名義で最も売れた作品の一つであるらしい。
津原泰水名義で最も売れたのは『ブラバン』なんですが、お蔭様で目下『11』と『ヒッキーヒッキーシェイク』は、追々、それと並び称されるであろうくらいには刷られていますし、売れております。もともと短期決戦型ではなくロングセラー型の作家にして、確実に軌道に乗った手応えがあります。感謝。
— 津原泰水=やすみ (@tsuharayasumi) July 11, 2019
あらすじ
他片等は四十歳。独身。東京の大学を卒業し、東京で働いていたが脱サラ。生まれ育った広島に帰り今にも潰れそうなバーを経営している。吹奏楽部時代の先輩桜井ひとみと再会したことで思わぬ事態に巻き込まれる。彼女の披露宴までに、かつてのメンバーを集めて吹奏楽部を復活させることは出来るのか?同窓生たちに声をかけはじめた他方は、そこで歳月のもたらす重みと哀しみを知る。
上岡洋一の「秋空に」が名曲過ぎる
全12章構成で、それぞれの章にはクラシックもしくはロック、ジャズの名曲のタイトルが冠せられている。ニコニコ動画かYoutubeでほとんどの楽曲は見つけることが出来るので、興味がある人は探してみるといいだろう。楽曲と内容の関連を考えながら読むのもまた良し。70年代~80年代のロックの知識があると更に楽しめる。ジャズまで判れば完璧だ。
吹奏楽畑の出身ではないので知らなかったけど上岡洋一の「秋空に」は、郷愁漂う名曲。これを聞くだけでも泣けそうだ。これはリンク貼っておこう。
音楽系の部活出身者なら猛烈に懐かしいはず
あこがれの桜井先輩(Tp)が結婚。彼女の披露宴のために、当時のメンバーによる吹奏楽部を復活させるべく奮闘を開始する主人公。主人公の所属していた吹奏楽部は決して上手な学校ではなく、コンクールの予選すら通らないレベル。学校としても、二流の進学校で空気は至って温めだ。
高校時代のエピソードはリアリティ満点で面白い。合宿で女湯覗いたのがばれて女子にハブられるクラ男子とか、ゲイの先輩に迫られたりとか、学校の楽器がボロばかりだったりとか、コンクールでの失敗話、文化祭での反乱劇等々、ありそうな話ばかりで音楽系の部活出身者ならニヤニヤしながら読めるはずである。
二十年の歳月と取り残されたものたち
ただ、なにせ主人公が四十歳なので、現役もしくは高校卒業十年以内の読み手には、まだピンと来ないエピソードが多いかもしれない。この作品で特徴的なのは現在パートのヘビーさが半端で無いことだ。四半世紀の歳月は人間を変えてしまう。久しぶりに手に取った楽器からは思うような音が出ないように、登場人物たちの人生も若き日に願った通りのものとはならなかった。
人生の折り返し地点を過ぎて
一握りの成功者たちと、取り残されたそうでは無いものたち。二度と会えない同級生。人生の折り返し地点を過ぎて終わりが見えてきた。それでいて、まだ全てを諦めるわけにはいかない。そんな年代の微妙な想いを津原泰水は熱くなりすぎることはなく、かといって突き放すでもなく適度な距離感を保ちながら綴っていく。ベタな感動路線に走らないのがいいところだろう。
総勢34名の過去と現在を行きつ戻りつしながらも、視点にはブレがなく、きちんと読んでいけば無理なく読了出来ると思う。わたしは一晩で一気に読んでしまった。人はなぜ音楽を奏でるのか。凡人がなかなか言語化出来ないもやもやとした思いを、ああそうなのかと納得度の高い文章で示してくれたのも高く評価したい。ちょっと長いけど最後に引用して終わりたい。
音楽なんて、単純な物理法則を利用した儀式に過ぎない。
音楽なんて、雑多な情報に取り囲まれた空虚に過ぎない。
音楽なんて、本来他人とは共有しえない閃きに過ぎない。
音楽なんて振動に過ぎない。
音楽なんて徒労に過ぎない。
音楽は何も与えてくれない。与えられていると錯覚する僕らがいるだけだ。
そのくせ音楽は僕らから色々に奪う。人生を残らず奪われる者たちさえいる。
なのに、苦労を厭わず人は音楽を奏でようとする。
種を植え歩くようにどこにでも音楽を運んでは奏で、楽しいことばかりならいいけれど、
それを原因に争ったり病気になったり命を絶ったりする。
そんな手に負えない悪辣な獣から僕らが逃れられないのは、
きっと、そいつと共にいるかぎりは、何度でも生まれ直せるような気がするからだ。
そいつに餌を与えながら、滑らかな毛並みを撫でてきた者ほど、予感に逆らえず、背を向けられない。
Youtubeに本作の各章タイトルの楽曲を集めたリストを発見したので貼っておく。