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『竜と祭礼—魔法杖職人の見地から—』筑紫一明 第11回GA文庫大賞、奨励賞受賞作

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筑紫一明のデビュー作

2020年刊行作品。第11回GA文庫大賞の奨励賞受賞作。作者の筑紫一明(つくしいちめい)は1998年生まれで、本作がデビュー作となる。

ちなみに、GA(じーえー)文庫大賞はSBクリエイティブが主催する公募新人賞。歴代の著名作品としては、逢空万太の『這いよれ! ニャル子さん』、大森藤ノの『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 』あたりだろうか。

竜と祭礼 ―魔法杖職人の見地から― (GA文庫)

あらすじ

駆け出しの魔法杖職人であるイクスの元に持ち込まれた一本の壊れた杖。少女ユーイが持参したその魔法杖は、今は亡き師が遺したいわくつきの銘品であった。修理を請け負ったイクスだったが、破損していた杖の芯材は「竜の心臓」。この世から竜が絶滅して既に千年余り。この世にどこにもない幻の素材を求め、探索の日々が始まる。

静かなる探求の物語

本作『竜と祭礼』は、師の残した魔法杖を修復するため、既に絶滅して久しい「竜の心臓」を追い求める探求の物語である。この作品では、派手な戦闘シーンもなく、心ときめく恋愛模様も描かれない。

失われし「竜の心臓」は実在するのか?ただ、この一点突破で描き切ったの最大の特徴である。物語としてのカタルシスに欠けると考える読み手もいるかもしれないが、紙幅の限られている公募新人賞の応募作としては、賢明な割り切り方であったと思える。

探求のアプローチが面白い

「竜の心臓」は存在するのか?存在するとしたら何処にあるのか?そこで、イクスが始めたのは地道な文献探しである。図書館の史料を渉猟し、冒険者組合の倉庫を漁り、教会の洗礼台帳を調べる。

史料集めにはコツがいるもので、ノウハウを知らない人間が、闇雲に頑張っても欲しい情報はなかなか得られない。その昔、大学のレポート作成でハマった記憶が甦り、懐かしい気持ちになってしまった。歴史研究や、民俗学的な調べ物が好きだった人間には、この展開はちょっと嬉しい。

何故竜はいなくなったのか。広場の中央にある誰も触れない砂山。大切にされる三本の棒。偽装された洗礼記録。差別される人々と、起源や理由を忘れてなお残る畏敬。変容してしまった伝承から、ルーツとなる竜の秘密に迫っていく展開が地味に面白い。

百年か、千年も経てば、きっと

人と人はわかりあえないのか? 王立学院の生徒として、行動を共にしてきた、ユーイとトマたち。同じ学校で学び、冒険者としてパーティを組んだとしても、征服民と被征服民の間には越えられないメンタリティの溝がある。肉親を殺された被征服民の心の疵を、征服民は癒すことが出来ない。トマはおそらく、最後までユーイがどうして自分たちを拒むのかが理解できていなかった筈である。

「いつかわかりあえると、そう信じていいんだね?」とのトマの言葉に、ユーイはこう返す「百年か、千年も経てば、きっと」と。

つまり一個人の生きている間にはその溝は越えられない。しかし、気の遠くなるほどの歳月はそれを可能にしてくれるかもしれない。ユーイ流のシニカルな返しなのかもしれないが、これは一つの救いであるのだろう。唯一、すべてを解決してくれるのは「時間」なのである。

 

託されたものがある限り、私は「私たち」だから

主人公のイクスは、捨て子として伝説の魔法杖職人の下で育てられる。彼は魔法杖職人でありながら魔法が使えず、それが強いコンプレックスとなっている。一方のヒロイン、ユーイは被征服民ルクッタの小部族の出身で家族を惨殺されている。死の間際に父から魔法杖を託される。

今は亡き師と父。天涯孤独の身の上となった二人を、陰ながら支えているのは「すでに死んだ者の言葉」である。鬱屈を抱えて生きてきた二人は、喪われし竜、アグネスとの邂逅を通じて、自身の心を内側から支えてくれている存在に気付く。託されたものがある限り、私は「私たち」なのである、と。

イクスとユーイは、「竜の心臓」をめぐる探索で行動を共にするが、終始一定の距離感を保ち、恋愛的な関係には発展しない。しかし、孤独の中で生きてきた二人は、今は亡き他者によって生かされてきたことを知った。ラストシーンのイクスとユーイの間には、共通の試練を乗り越えた確かな絆が構築されている。

これは、なかなか良い終わり方。男女のというよりは、バディモノの終わり方っぽい。余韻のある幕の引き方で、わりと好みなのであった。

 

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竜と祭礼 ―魔法杖職人の見地から― (GA文庫)

竜と祭礼 ―魔法杖職人の見地から― (GA文庫)

  • 作者:筑紫 一明
  • 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: Kindle版