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『誰が勇者を殺したか』駄犬 魔王は斃れた、そして勇者だけが還らなかった

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10万部突破の大人気作品

2023年刊行作品。作者の駄犬(だけん)は、小説投稿サイト「小説家になろう」出身のライトノベル作家。インタビュー記事によると40代の会社員。かつては書籍編集の仕事に就いていたこともあるみたい。

誰が勇者を殺したか【電子特別版】 (角川スニーカー文庫)

駄犬は『誰が勇者を殺したか』に先行し、2022年~2023年にかけて、「小説家になろう」にて『モンスターの肉を食っていたら王位に就いた件』を発表。続いて2023年に同様に「小説家になろう」にて、本作『誰が勇者を殺したか』を発表。こちらが話題となり、角川スニーカー文庫にて2023年9月に書籍化された。2024年のこの記事によると、発行部数は10万部を突破している。

2024年8月にシリーズ第二作となる『誰が勇者を殺したか 預言の章』も刊行されている。こちらもいずれ読む予定。

表紙及び、口絵、本文中のイラストはベテランイラストレータのtoi8(といはち)によるもの。toi8といえは「まおゆう」の人と言う印象が強いが、個人的には化野燐(あだしのりん)による『人工憑霊蠱猫』のイラストが好きだったな。

 

ラノベニュースオンラインのインタビュー記事はこちら。

担当編集によるスペシャル座談会はこちら。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

いま流行りのライトノベル作品を読んでみたい方。ファンタジー系、特に勇者と仲間たちを主軸にしたお話が好きな方。ミステリ的な要素を含んだファンタジー作品を読んでみたい方。後日譚系のお話が好きな方におススメ!

あらすじ

遂に魔王は斃された。そして勇者だけが還らなかった。「どうして勇者は死んだのか」。勇者の偉業を称えるべく、本当の姿を書き残そうとする王女アレクシア。しかし、かつて勇者と共に戦った仲間たちは、勇者の死について固く口を閉ざす。果たして勇者とは何者であったのか。そしてあの時、あの場所で、何が起きたのか。

ここからネタバレ

後日譚ファンタジーと思いきや

既にラスボスである魔王は斃されているところから物語はスタートする。なんとく『葬送のフリーレン』っぽい設定だ。『葬送のフリーレン』は、後日譚に重きを置きながらも、要所要所では過去パートに遡るスタイルを取る。

一方で『誰が勇者を殺したか』では、物語の大部分が、主要登場人物が過去を回想する形で構成されている。主な語り手はこちらの四人。勇者自身を含む、勇者パーティのご一行だ。

  • アレス・シュミット:勇者。魔王を斃すが、その後還らなかった
  • レオン・ミュラー:剣聖。伯爵家の長男。勇者養成学校の首席
  • マリア・ローレン:聖女。回復魔法の遣い手
  • ソロン・バークレイ:大賢者。幼いころから神童と謳われた魔術師

四人の語り手を配置し、勇者アレスとはどのような人間だったのかを、多角的な視点で浮き彫りにしていく。語られる勇者当人の視点も入ることで、より物語が立体的な膨らみを持ち、物語に厚みを持たせることに成功している。

死に戻りの預言者

終盤の「預言者の章」で、五番目の語り手として預言者が登場する。ここに至って、ようやくこの作品の構造が判明する。預言者は王女アレクシアの母親であり、神にもっとも近い眷属のひとりだった。預言者は死ぬことで時間を巻き戻すことができる。彼女は魔王を斃すために、数多の勇者を見出し、千年の歳月をかけて、挑戦と失敗を繰り返してきたのだ。

気が遠くなるほどの長い年月をかけて、いつ成功するかわからない戦いを挑み続ける。預言者のメンタル凄くない?とも思うのだけど、魔王の側からしたら、何度退けても無限コンティニュー(しかも記憶は引き継げる)が出来るなんて、こんなに嫌な相手はいないよね。

同時代の仲間たちによって勇者の存在を横軸で描くのとは別に、繰り返しの魔王への挑戦という観点で縦軸方向からも掘り下げることで、この物語は更に奥行きの深さを増す。この構成の妙はお見事。

勇者に生まれるのではなく、勇者になるのだ

『誰が勇者を殺したか』は、文字通り、誰が勇者を殺したかを問う物語だ。この物語には犯人が存在するのだ。ファンタジー的な作品でありながら、ミステリ的な要素を併せ持つのが本作の魅力と言える。

この言葉にはいくつもの意味が込められている。千年の歳月をかけて、百人の勇者を死なせてきた預言者はまさに主犯といえるかもしれない。実際に作中でも「わたしが勇者アレスを殺しました」と告白している。

しかし作者は更なる仕掛けを用意していた。勇者アレスの正体は、アレスの従兄弟であるザックだった。アレスは勇者になれるだけの才能を持った前途有望な人物だったが、魔物との戦いで無念の死を遂げてしまう。アレスを死なせてしまったザックは、アレスに成り代わって勇者となることを決意する。

アレスと比べて、剣の腕もいまいち、魔法も使えないザックだったが、彼はただ「諦めない」才能だけが突出していた。人は勇者に生まれるのではない。勇者になるのだ。「諦めない」ただこの一点で、ザックは生まれながらの強者たちを退け、勇者の名を勝ち取る。

そして、実力で勇者となったザックに、預言者は問うのだ。「もしアレスが生きている世界に戻れるとしたら、どうする?」と。これはここまでのザックの努力を無にする提案でもあり、ザック自身にアレスを改めて「見捨てる」選択をさせる残酷な言葉だ。これ、預言者的には優しさというか、慈悲なのだろうけど、上から目線過ぎてちっとも優しくない。

結果として「僕がアレスを殺したんだ」という、明確な罪の意識をザックは抱いてしまった。ザックに選ばせたのは、超越者としての驕りだと思うのだけど。勇者になれたかもしれないアレスを死なせたのはザック。だからこそ、勇者「アレス」も死ななければならなかった。

もっとも、過酷な運命を背負わされた分、最後は完璧なハッピーエンド。地位、名誉、友情、そして伴侶をも得ることができたザック。頑張った人間が、きちんと報われる世界は、作者の信条を表してのかなとも思った。

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