SFにしてミステリ、宮部みゆきの20年過ぎても色褪せない名作
1996年作品。『蒲生邸事件』は「がもうていじけん」と読む。「サンデー毎日」に連載されていたもの。第18回(1997年)の日本SF大賞受賞作品。単行本版は毎日新聞社から。
続いて1999年に光文社ノベルズ版が刊行。
2000年に文春文庫版が出ている(わたしが読んだのはこちら)。
その後2013年には青い鳥文庫が登場。イラストは黒星紅白(くろぼしこうはく)。ここから上下巻に分冊化されている。
2017年には新装文春文庫版が発売された(出ている書影はこれ)。
さすがは宮部みゆき、息の長い作品となっている。
あらすじ
平凡な受験生尾崎孝史は予備校受験のために宿泊したホテルで火災に巻き込まれた。絶体絶命の孝史を救ったのは平田と名乗る時間旅行者だった。時は昭和十一年二月。二・二六事件のただなかに連れ去られた孝史はかつての陸軍大将蒲生憲之の屋敷を訪れることになるのだが……
宮部みゆきの描く二二六事件
宮部作品で超能力者が登場するのはいまさら珍しいことではない、未来予知、過去視、精神感応、念力放火能力等々さまざまな超能力を描いてきたこの作家が本作で取り上げたのは時間旅行能力である。ついに来るべきものが来た(笑)。期待はいやがうえにも高まるのである。
タイムトラベルの概念をどう料理するか
タイムトラベルモノで問題になるのがタイムパラドックスをどう処理するのかなのだが、瑣末な部分は修正出来ても歴史の本流は変えられない、というのが本作のスタンス。時間旅行者が身を賭して時を越え、歴史を変えようと望んでも大きな流れは絶対に変えることが出来ないのだ。
まっとうに生きていくことの大切さ
とりわけ登場人物たちがが英雄的な活躍をするわけではない、二・二六事件という歴史の大きなうねりの中で、人間はあまりに無力である。しかし、歴史を変えることは出来ないとはいえ、やがて来る暗い時代を知りながら、あえて「抜け駆け」をしない登場人物たちの生き様の高潔さが心を打つのだ。普通の人間がしごくまっとうに生きていくことがこれだけ感動を呼ぶ物語もなかなかないだろう。
しかしいつものことながら気になるのが、悪しきものに対しての異常なまでの冷酷さである。『クロスファイア』の時にも思ったのだがまさに容赦無し。勧善懲悪ここに極まれリなのだ。この点、実は宮部作品を愛しきれないポイントになっているのだけれども。