いま話題のミステリ本『逆転美人』
2022年刊行作品。作者の藤崎翔(ふじさきしょう)は、1985年生まれのミステリ作家。若いころはお笑い芸人であったことでも知られている。
デビュー作は第34回の横溝正史ミステリ大賞を受賞した『神様の裏の顔』(2014年刊行)。また、2016年~2017年にかけて発売された『おしい刑事』『恋するおしい刑事』は、2019年と2021年にそれぞれNHKドラマ化されており、この作家の代表作となっていた。
だがこれから、本作『逆転美人』が、藤崎翔の代表作となっていくだろう。それくらいこの作品のトリックは驚愕モノなのだ。
双葉社の公式ページはこちら。細谷正充の書評が掲載されている。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
話題のミステリ作品を読んでみたい方。他のミステリ作品ではめったに読めない、驚きの仕掛けを味わってみたい方。前半パートがちょっと読みにくいけど、頑張って最後まで読める方。ミステリというジャンルの懐の深さを実感したい方におススメ!
あらすじ
香織(仮名)は、生まれながらの美貌故に、幼いころから苦労を重ねてきた。娘の学校の教師に襲われたことが全国的に報道され、世間の注目を集めるようになった香織は、自らの生涯を綴った自伝的な手記「逆転美人」を出版する。この本に隠された香織の秘密とは。やがて驚愕の新事実が明らかとなっていく。
ここからネタバレ
とにかく頑張って「追記」まで読もう
『逆転美人』は、絶世の美人として生まれてしまったがために、不幸な人生を送ってきたヒロイン香織(仮名)が、これまでの人生を告白する「作中作」として書かれた設定となっている。幼いころに三度の誘拐未遂。ロリコン教師に体操服を盗まれたり、モテすぎるために、クラス中の女子に虐められる。成長してからも、バイト先では片っ端から周囲の男子に交際を申し込まれ、男性客からは愛人契約のオファーを受ける。
香織は、世渡りが下手で、せっかくの美貌をうまく活用できない。寄ってくる男は、香織の内面に惹かれているわけではなく、外見しか見ていない。前半の「逆転美人」パートは、とにかくこうした不幸描写のオンパレードで、正直言って、読むのが非常に苦痛だった。展開が面白いわけでもなく、同情を誘う内容でもないため、主人公にまったく感情移入が出来ない。
ただ、手記という「私」による一人称の形式を取っている点。また、帯部分の煽り文(後述)を読んでいたので、おそらくは叙述トリック的な作品なのだろうなとは思い、なんとか我慢して読み続けた。作中、読み飛ばしてしまいたくなるような、一見すると些末なエピソードや小ネタが、「逆転美人」内には頻繁に登場するのだが、これはしっかり読んでおかないとダメ。後半のネタバレパートで、これらの文章にはしっかりと意味があることが明らかとなるのだ。
「追記」からが本番
さて、本作の肝は237ページの「追記」からである。作中作「逆転美人」の出版後、事件の真相が明らかとなっている。真の作者である香織(本名は森中優子)の娘、亜希(仮名)が、「追記」パートで「逆転美人」に隠されていた本当の秘密を明らかにしていくのだ。
「逆転美人」の中では善良で、ただひたすらに不幸なだけであったかに見えた香織が、実はその陰でどす黒い犯罪行為に手を染めており、愛人の門田修也(Kさん)と結託し、夫や実の父親までもを手にかけた毒婦であったことが判明する。この辺りまでは、予想できていた読者も多いだろう(わたしもそうだ)。だが、本作の凄みはその先にある。
その両肩の角を、右肩、左肩、右肩……と見ていって、ここからつらい過去をさかのぼれば、私の人生の真理が、そしてこれからやるべきことが見えてくるはずなのです。
『逆転美人』p234より
「逆転美人」終盤に書かれるこの語りを、なんだか妙な例えだなと違和感を覚えつつも、すっかりスルーしてしまっていたわたし。これが事件の真相に迫る最大のヒントになっていようとは。
右ページの一行目の頭文字、左ページの最終行の頭文字、また右ページの頭文字……と見ていって、ここ234ページからさかのぼって読めば、私(森中優子)の人生に関する真実が、そしてこれから(読者の方々が)やるべきことが見えてくるはずなのです
『逆転美人』p335より
本作の234ページから、左ページの最終行の頭文字、右ページの頭文字と、さかのぼって文字を追っていくことで、真の作者(亜希)による、告発文が浮かび上がる仕掛けとなっているのである。マジかよ!全然気づかなかった。
ミステリー史上初の伝説級トリック?
ここで、本作の帯に注目したい。
ミステリー史上初の伝説級トリックを見破れますか?
紙の本でしかできない驚きの仕掛け!
なかなかここまで煽ったキャッチコピーも珍しい。版元的には絶対の自信作というところだろうか。ただ「ミステリー史上初」と言い切るには無理があって、このパターンのトリックには過去に先例がある(某大物作家の作品だが、ネタバレになるので書かない)。
とはいえ、『逆転美人』のトリックが魅力的であることは間違いないので、それはそれで評価すべきではないかと考える。何よりも素晴らしいのは、このトリックを使わざるを得なかった状況設定がしっかりとなされている点だ。
娘の亜希は事故で下半身不随となり行動に自由が無い。携帯端末は与えられておらず、ネットに接続できるパソコンも使えない。母親とその愛人は、金のためなら家族ですら殺害する人間である。二人の秘密を知った亜希をいつまでも生かしておくとは思えない。軟禁状態にある亜希は、生存のために母の手記「逆転美人」の中に、告発文を隠すという最後の賭けに打って出たのである。
前半パートにもう少し深みがあれば
後半に明かされる「肩読み」のトリックの切れ味が抜群であるだけに、前半パートの陳腐さ、読みづらさはどうしても残念に思えてしまう。お世辞にも教養があるとはいえない、香織が書いた設定の手記であるだけに、意図的に拙いテキストとして書いている部分はもちろんあるのだろう。
ただ、香織は生まれたときから邪悪な人物であったわけではなかった。外見重視主義(ルッキズム)の偏見に晒され続けた結果として、次第に倫理観を失っていたのだと思われる。それだけに、ルッキズムの悲劇性を「逆転美人」部分に盛り込むことが出来れば、本作は社会派的なメッセージをも盛り込んだ、更なる良作になり得る可能性があったのではないかと思うのだ。多くを望み過ぎかな?
おまけ
「追記」パートについても「肩読み」していくことで、亜希から、母親と門田に向けてのメッセージを読み解くことができる。以下、引用しておこう(改行は適宜、わたしの方で入れた)。
母さん門田さん今まで育ててくれてありがとう
でももう塀の外には一生出てこないでください
人を殺した罪を心から悔い改め
死ぬ前に少しでも人の心を取り戻してください
わたしと弟は人殺しの子だという呪縛に負けず生きていきます
永遠にさようなら