「このミス」「週刊文春ミステリーベスト10」二冠!
初出は「小説現代」。単行本版の刊行は2002年。その年の「このミス」国内部門および「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門で共に第一位となった作品。横山秀夫のブレイク作である。
横山秀夫は1957年生まれ。この人は本作でいきなり有名になったので、これがデビュー作なのかと思っていたのだが、実は意外にキャリアは古い。なんと1991年頃から既に作家活動をはじめていて、2002年の本作でやっと大当たりを出したという事になる。
講談社文庫版は2005年に登場している。
あらすじ
W県警本部教養課次席の梶聡一郎が自らの妻を扼殺した。若年性アルツハイマー病に苦しむ彼女を見かねての犯行だった。現役の警察官が犯した妻殺しに世間は騒然となる。梶は全ての罪を認め犯行の一部始終を自供する。しかし犯行から自首に至る空白の二日間に関して、彼は全てを黙秘していた。果たしてその二日の間に何が起こったのか。
直木賞の候補作になったけど
ということで、有名過ぎる作品だがやっと読んだ。この作品、直木賞の候補にもなったものの、作中に致命的な事実誤認があると、北方謙三と林真理子に難癖をつけられて、作者が激怒。逆に直木賞に訣別宣言をしたことでも知られている。
ちなみに直木賞を取り損なった問題点は「受刑者はドナーになれない」という事実らしい。でもそれって、この話のクオリティに対して瑕瑾としか思えないのだけど。そういう重箱の隅を突いても虚しいだけなのではないかと心底思う。ツッコミどころが全く無いフィクション作品書いてる作家なんてそうそう居ないだろうに。
主人公の心理描写をあえてしない
梶本人の心理描写は書かれることが無く、取り調べをした刑事、検察官、新聞記者、弁護士、判事、刑務官など、梶を取り巻く人々の視点でのみこの作品は形成されている。本人を直接描かずに、周囲の目線からその人となりを表現しようとする浮き彫り型の構造を取っているのだ。次々に視点となる人物が変わるので最初は取っつきにくいかもしれない。しかし構成そのものはシンプルで、リーダビリティも高いので、慣れればサクサクと読めてしまえる筈。
主人公がメチャ魅力的!
梶の抱えている秘密はなんの伏線も無いまま、最後の最後まで明らかにならないので、これが弱いと言えば弱い。梶は完全黙秘を続け、事件の真相はわからない。しかし、警察や検察庁、大新聞社。巨大組織の中で清濁併せのまなければ生きていけない男たちにとって、妻を手にかけながらもその目に一点の曇りもなく、あくまでも信じる何かを貫き通そうとする梶の姿が、次第に神々しいまでの輝きを放つように見えてくる。
法廷シーンが泣ける
この話の最大の泣かせどころは、真実が明らかになるラストではなく、その前の裁判シーンなのだろう。捜査に関わってきた男たちは、梶がひた隠しにする秘密が何だか判らないままなのに、それでも梶の中にある誠実さを信じて、それぞれが示し合わせている訳でもなく、とにかくこいつをなんとか救ってやろうと、それぞれの立場で少しだけ組織に叛こうとする。これは泣ける。
映画版は寺尾聰が好演
本作の映像化は映画版とテレビドラマ版が存在する。
映画版は2005年上映。監督は佐々部清。映画版では寺尾聰が梶役を好演している。割と好みの映像化。
Amazonのプライムビデオ版もあります。
また、テレビドラマ版も存在するようなのだが、メディア化されておらずわたしは未見。梶役は渡瀬恒彦が務めているが、刑事の志木を主役としたら構成に変えられているようで、なんだか賛否別れそうな改変である。こちらは椎名桔平が演じている。