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『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』富野由悠季 劇場版でどう変えてくるのかが気になる!


本日は劇場版の公開が決まった『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の小説版の感想をお届けしたい(コロナのせいで上映が延期されたけど)。

gundam-hathaway.net

ネタバレが基本の当ブログだが、今回は劇場版『機動戦士ガンダム逆襲のシャア』及び、小説版『機動戦士ガンダム逆襲のシャア ベルトーチカチルドレン』のネタバレを含む。未読の方はご注意いただきたい。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

劇場版公開前に「閃光のハサウェイ」の原作を読んでおきたい方、宇宙世紀系のガンダムは全て抑えておきたい方、富野御大の癖のある文体が好きな方、クスィーガンダムVSペネロペーの戦闘シーンを堪能したい方、ブライトさんが大好きな方におススメ。

一年戦争から四半世紀後の戦いを描く

「閃光のハサウェイ」は1989年~1990年にかけて刊行された作品である。作者の富野由悠季(とみのよしゆき)は、言うまでもなく『機動戦士ガンダム』を世に送り出した富野御大その人である。

以下、テレビ版、映画版作品を中心に主要なガンダム作品を年代順に挙げておこう(ポケ戦とイグルーとか0083とかサンダーボルトなんかは、とりえあえず端折った、ゴメンね)。

  • 機動戦士ガンダム UC0079~80
  • 機動戦士Zガンダム UC0087
  • 機動戦士ガンダムZZ UC0088
  • 機動戦士ガンダム逆襲のシャア UC0093
  • 機動戦士ガンダムUC UC0096
  • 機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ UC105 ←ここ
  • 機動戦士ガンダムF91 UC123
  • 機動戦士Vガンダム UC0149

いわゆる「ファーストガンダム」は宇宙世紀(UC)79年~80年にかけての物語であったが、本作「閃光のハサウェイ」はそれよりもかなり後、UC105年を舞台としている。

アムロもシャアも既に亡く、主人公を務めるのは「逆襲のシャア」に登場した、ブライトとミライの息子ハサウェイ・ノアである。

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ 文庫 1-3巻セット (角川文庫―スニーカー文庫) (角川スニーカー文庫)

ココからネタバレ

『機動戦士ガンダム逆襲のシャア ベルトーチカチルドレン』との関係

本作について語る際には、「機動戦士ガンダム逆襲のシャア ベルトーチカチルドレン」についてどうしても触れざるを得ない。

「閃光のハサウェイ」は「逆襲のシャア」の後日譚ともいえる物語なのだが、映画版のストーリーの続編とはなっておらず、富野由悠季が1988年に書いた『機動戦士ガンダム逆襲のシャア ベルトーチカチルドレン』のストーリーを受けた内容となっている。このあたり、かなりややこしい。

「ベルトーチカチルドレン」はそのタイトルからも想像がつくかもしれないが、映画版では出番のなかったベルトーチカ・イルマがアムロのパートナーを務める。結果として、映画版のパートナーであったチェーン・アギが登場しない。

その他にも、シャアの乗機がサザビーでなくナイチンゲールであったり、ナナイやギュネイの名前が違ったり、ヤクト・ドーガがサイコ・ドーガであったりと、細かな違いが多数ある。

ただ、「閃光のハサウェイ」を語る上で大切な違いはただひとつ。映画版「逆襲のっシャア」ではクェスを手にかけたのはチェーンであったが、「ベルトーチカチルドレン」では、

ハサウェイは自らの手でクェスを死なせている

のである(重要)。これは本作を読み解く上でとても重要な違いなので、必ず覚えておいていただきたい。

なお、「ベルトーチカチルドレン」はコミカライズもされているので、こちらもおススメである。

では、以下各巻ごとにカンタンにコメントしていこう。

 「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ<上>」あらすじ

宇宙世紀0105年。一年戦争から四半世紀、シャアの叛乱からも12年。腐敗化した連邦政府に対して、反地球連邦組織マフティー・ナビーユ・エリンが地球各地でテロ行為を繰り返す。対マフティー部隊の司令官ケネス・スレッグは、地球へ降下するシャトルの中でハサウェイ・ノアと名乗る青年に出会う。そこには運命の女、ギギ・アンダルシアが同乗していた。

 「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ<上>」感想

反地球連邦組織マフティー・ナビーユ・エリンを率いるハサウェイと、ライバルとなる連邦軍大佐のケネス・スレッグ。そして運命の女であるギギ・アンダルシアの出会いの巻である。

富野由悠季の作品にありがちなのだが、一連の宇宙世紀系ガンダムの歴史の流れについてはほぼ説明されない。一見さんお断り感が半端なく、予備知識がないと物語についていくのがかなり難しいのではないかと思われる。まあ、「閃光のハサウェイ」を読もうとする人間は、それくらい知ってるよね。という前提なのであろう。

印象的なのが擬音の多用である。モビルスーツ同士の戦闘を擬音によって表現しているのだが、「バブーゥン!」とか「ギャブン!」とか「ギルル!」などと、マンガ的な効果を狙っているのかもしれないのだが、これがけっこう読んでいて恥ずかしい。この当時はこういう書き方が流行っていたのだろうか。

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ<中>」あらすじ

反地球連邦組織マフティー・ナビーユ・エリンは、地球連邦政府の高官暗殺を企図する。最新鋭のモビルスーツ、クスイーガンダムを駆るハサウェイは、ケネスが率いる連邦のキルケー部隊との抗争を激化させていく。ハサウェイ、ケネスと知り合ったギギ・アンダルシアは、数奇な宿縁から二人の男の対決の場に身を委ねていく。

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ<中>」感想

上巻冒頭のシャトルハイジャック事件を共に解決したことで、ハサウェイととケネスの間には友情関係が生まれる。ケネスはハサウェイの正体に薄々気付いている。この二人の関係に対して、ギギ・アンダルシアが加わり、奇妙な三角関係が構築される。

これも富野由悠季の小説作品に多いパターンだが、内に抱えた性的な衝動についての言及が非常に多い。中巻はハサウェイにしても、ケネスにしてもギギに対しての、リビドーを持て余している感があり、ほぼそれに終始した巻とも言える。

死の危険と隣り合わせで生きる人間として、男の生理としても、わからないでもないところだが、富野作品のこういう生々しさは読み手を選ぶ部分ではないかと思われる。

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ<下>」あらすじ

 地球連邦政府の高官が集結するアデレートを叩く。残り少ない戦力を結集し、ハサウェイたちは過酷な作戦に挑む。そこにはケネス率いるキルケー部隊が、万全の構えで待ち受けていた。ハサウェイVSケネス。二人の男の戦いの決着は。そしてその結末を見届けようとするギギ・アンダルシアの選択は?

「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ<下>」感想

最終巻に入り、ようやく物語が加速する。

宇宙世紀系のガンダムシリーズでは、一年戦争以降、次第にその戦線の規模が小さくなっていく。「ガンダムUC」の袖付き部隊などは軍隊というよりはテロリストの類であったし、「閃光のハサウェイ」のマフティー一派に至っては更に規模が小さなテロ組織である。

かつて愛する少女を自らの手にかけてしまったハサウェイは罪への呪縛から逃れることが出来ない。無関係の人間も死に至らしめてしまうテロリストとしての行為を、ハサウェイは「悪」であると認識している。マフティーとなる道を選んだ時点で、ハサウェイは既に死ぬ覚悟が出来ていたのだと思う。本来であればこの辺の葛藤をしっかり描いて欲しかったところである。

命の危険を賭して会いに来てくれたギギを、触れることもなく追い返したのはやはりクェスへの負い目があったのか。ブライトの息子らしい堅物さとも言えるかな。

ガンダム史上屈指のバッドエンド

ペーネロペーと交戦中のΞ(クスィー)ガンダムは、ケネスの策であるビーム・バリアーによって致命的なダメージを受け撃墜されてしまう。こんな形で撃墜されるガンダムは史上初ではないだろうか?人事不省となったハサウェイは、肉体的にも大きなダメージ受け捕虜となる。そしてテロリストの首魁の末路は銃殺刑である。

初読時には本当に衝撃的な展開で、ケネスが実は助けるのではないか?クェスの精神が降臨するのでは?ギギがニュータイプ的な何かを発露して逃がすのではないかなどと予想していたものの、まったくの容赦のないハサウェイの最期には驚かされた。

数あるガンダムシリーズの中でも、ここまで救いのないバッドエンドは本作くらいではあるまいか?

ギギとニュータイプ能力

本作のヒロイン、ギギ・アンダルシアは異色のヒロインである。

ガンダムシリーズのヒロインは大別すると以下の三パターンに分かれると思うのだ。

・幼馴染系(フラウ、ファ)
・姫系(セイラ、ミネバ)
・ニュータイプ/強化人間系(ララァ、フォウ、プル、クェス)

しかし、ギギはそのいずれにも当てはまらない。詳細は語られないが、十代にして大富豪の愛人をやらされているだけに、相当に数奇な運命を辿ってきた人物であることは想像できる。

ギギには直感力に優れた部分があって、戦況を予測し、ラッキーガールとしてケネスたちの称賛を集める。おそらくは、ニュータイプ的な素養があったのではないかと思われるが、その力の発露はそこまで。ハサウェイの運命を変える程の力は行使しえない。

「閃光のハサウェイ」では、いわゆるニュータイプ的な力はほとんど描かれない(せいぜいファンネル系の兵器が使われるくらい)。アクシズの落下を止めた「逆襲のシャア」とはずいぶんな違いである。

多くの人々の注目を集めたシャアの叛乱と異なり、マフティー動乱はごく狭い地域の限定なテロ闘争に過ぎない。この点、時代の閉塞感を示しているのか、人類のより暗い未来を示唆しているのか。ニュータイプ的な力は人類を救えないのか?微塵の希望も残さなかったこのラストに、作者の深い絶望を感じるのはわたしだけであろうか。

劇場版「閃光のハサウェイ」はどうなるのか?

ところで、劇場版「閃光のハサウェイ」は果たしてどうなるのだろうか。「ベルトーチカチルドレン」はあくまでもパラレルワールド。正史としては劇場版「逆襲のシャア」の内容を引き継がざるを得ないであろう。

劇場版「逆襲のシャア」の流れを引き継ぐのであれば、ハサウェイはクェスを殺していない(チェーンは殺してるけど)。小説版「閃光のハサウェイ」では、クェスの死がハサウェイを強く呪縛していただけに、物語としての整合性をどう取るかは注目が集まるところである。

 

なお、富野由悠季は劇場版「逆襲のシャア」準拠の小説『機動戦士ガンダム ハイ・ストリーマー』も書いている(ややこしい)。よろしければこちらもどうぞ。