日本ホラー小説大賞受賞作
2015年刊行作品。作者の澤村伊智(さわむらいち)は1979年生まれの男性作家。本作『ぼぎわんが、来る』が第22回の日本ホラー小説大賞の大賞を受賞し作家デビューを果たしている。
角川ホラー文庫版2018年に登場。
本作は2018年に映画化されており、映画化を記念した特別カバーの文庫版が存在する。デザインはこんな感じ。解説は千街晶之(せんがいあきゆき)が担当している。
が、映画化に伴う別バージョン表紙は他にもあるようで、わたしが持っているのはこちらの版(左は映画宣伝用の帯)である。映画版のタイトルが『来る』であったためそれに合わせているのだるか。
さらに、この文庫版にはおまけとして比嘉琴子の名刺を模した栞が封入されていた。ちょっと嬉しい、でもちょっと怖い。ちなみに名刺記載のQRコードは、映画版の特設サイトにリンクするようになっている。
音声朗読のAudible版もリリースされている。朗読は安斉一博が担当している。音声で聞くとまた別種の怖さがある。無料お試し体験登録で全て聞けるので興味のある方はこちらから。
比嘉姉妹シリーズの第一作
『ぼぎわんが、来る』は好評を博し、以後続巻が登場し「比嘉姉妹シリーズ」と呼ばれることになる。澤村伊智の代表作となった。シリーズ既刊は以下の通り。
- 『ずうのめ人形』(2016年)
- 『ししりばの家』(2017年)
- 『などらきの首』(2018年)
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
極上の和風ホラーをとことん楽しみたい方、民俗ネタのホラーが好きな方(三津田信三好きならかなりハマりそう)、映画版『来る』にハマった方、意外な展開のホラー作品を読んでみたい方におススメ!
あらすじ
結婚し、子どもが生まれたばかりの田中秀樹の下に訪れた謎の来訪者。応対した部下は原因不明の不調で退職し、それ以来、秀樹の周辺に奇怪な出来事が頻発する。不気味な電話、正体不明の相手からのメール、そして姿なき訪問者は遂に秀樹の自宅にまで迫る。それは祖父が怖れた"ぼぎわん"と呼ばれる怪異なのか。
ここからネタバレ
正体不明の来訪者の恐怖
"ぼぎわん"は三重県に伝承される怪異で、そのルーツは安土桃山時代にまで遡れるとされる。南蛮人によって持ち込まれた怪異"ブギーマン"が、坊偽魔(ぼうぎま)、撫偽女(ぶぎめ)となり、転じて"ぼぎわん"になったとする。
"ぼぎわん"は子どもや老人を山に攫う。その背景には、貧しい山村であるが故の、口減らしのための子の間引き、姥捨て的な、共同体の暗い歴史が横たわっている。
こうした古式ゆかしい怪異が、現代世界に登場したら?との観点から描かれたのが本作である。許可を与えないと部屋に入れないのは、オーソドックスな吸血鬼ルール。それでいて、電話を使ったり、メッセージアプリを使ったり、文明社会のツールを駆使して迫ってくるあたりがなんとも現代的で恐ろしい。
三人の視点で描かれる物語
本作は第一章「訪問者」では田原秀樹の視点から、第二章「所有者」ではその妻の田原香奈の視点から、そしてラストの第三章「部外者」では、田原夫妻の協力したオカルトライター野崎和浩の視点から描かれる。
面白いのは章が変わるたびに、前章の語り手である主人公の印象がまったく異なって見えることであろう。善良な夫に見えた田原秀樹は重度のモラハラ人間であるし、従順な妻のように見えた田原香奈もその内面に暗い葛藤を背負っている。そして野崎和浩はもまた、人には言えない秘密を抱えている。
前章の主人公のキャラクターが、第三者的な視点から見るとまったく異なった属性を持った人物であることが、次の章で明らかになる。それによりこれまで描かれてきた事柄がまったく別の意味を持ち始める。この構成力は新人離れした巧みさであり、"ぼぎわん"本来の怖さとも相まって、大賞受賞も納得。これはレベルが高い。
比嘉姉妹の初登場作品
本作は澤村伊智作品でもとりわけ重要なキャラクターである、比嘉琴子(ひがことこ)、比嘉真琴(ひがまこと)の姉妹が初登場する。姉の琴子は警察中枢や政府要人にも影響力が及ぼせる日本屈指の霊媒者。妹の真琴も相応の霊能力を有しているようだが、その力はまだ未知数。二人の他にもきょうだいは存在したようだが、現在生き残っているのはこの二人のみであるようす。
真琴は姉である琴子に対して、強い崇敬とコンプレックスを合わせ持っているようで、このあたりの過去の経緯は続篇で描かれていくのだろうか?続巻も読まなくては!
"ぼぎわん"はまだそこに居る!!
琴子の活躍で"ぼぎわん"は退けられた。しかし"ぼぎわん"に拉致されていた、知紗の内側には"ぼぎわん"の本体が眠っている。そう、"ぼぎわん"は子を攫って増えるのである。
妖異を退けたと思わせて読み手を安心させておいて、身近に深淵な恐怖への扉がパックリと口を開けている。ホラーものとしては定番の終わらせ方だが、ここはあえて定石を踏まえた形で正解であろう。
ちなみに、再三言及される「さおい、さむあん、ちがつり」については、わたしの貧弱なスポンジ脳では理解できなかったので、さっそくググったところ納得感のある考察が見つかったのでリンクを貼らせていただく(もちろんネタバレなので注意)。こういうのに気づける人ってすごいなあ。
映画版の主要キャストはこちら
監督は『下妻物語』や『告白』で知られる中島哲也が担当。主なキャストはこんな感じ。そこそこ話題になった気がするけど、映画版はタイトルシンプルに『来る』に変更されていて、あまりビッグワード過ぎて、検索がノイズだらけになると評判だったのを覚えている。
野崎和浩:岡田准一 ※小説版では野崎崑
田原秀樹:妻夫木聡
田原香奈:黒木華
田原知紗:志田愛珠
比嘉真琴:小松菜奈
比嘉琴子:松たか子
逢坂セツ子:柴田理恵
※2020/8/8追記
(映画版ネタバレ)
原作よりも野崎(岡田准一)の出番が増えて、岡田くんありきの映画になってる。比嘉琴子(松たか子)にグーで殴られたりと散々だから、こういう出番の増え方で良かったのかは微妙だけど……。
その他、原作の違いとしては、田原香奈(黒木華)が途中で死んでしまう。子どもを残して死んでしまうとは、メッチャ残念な夫婦やなこの二人。田原秀樹(妻夫木聡)は殺された後も自分の死を認識できず、例のイクメンブログを更新し続けているという、ホラーなんだか、哀しいんだかという末路。
一方、映画版で一番待遇が良くなったのは、逢坂セツ子(柴田理恵)。原作だと途中であえなく死亡していたけど、映画版では片腕を失いながらも奮戦。いかにも胡散臭い霊能オバサンが実は最強クラスという設定が良いのである。これはメッチャ格好いい!!比嘉琴子を喰いかねない目立ちっぷりであった。
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