方向模索中の本読みBlog

書評Blogの予定だけど、現在方向性模索中。基本ネタバレありなので注意してね。

追憶の中の物語、トマス・H・クック「緋色の記憶」

アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)受賞作

緋色の記憶 (文春文庫)

緋色の記憶 (文春文庫)

 

1998年刊行。1997年度のアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)を受賞。日本では1999年版のこのミス海外部門で第二位に入った作品。

 

あらすじ

田舎町チャタムの私立校に赴任してきたのは美貌の美術教師ミス・チャニングだった。校長である父と共に彼女を出迎えた15歳のヘンリーは一瞬で彼女に魅了される。しかし、彼女は学園の妻子ある男性教師リードと不倫の恋に墜ちる。ヘンリーは二人の恋愛を神聖なものとして崇拝するが、もつれにもつれた愛憎の連鎖は悲劇的な結末をもたらすことになる。

追憶の魔術師、クックの職人芸がすごい

トマス・H・クックは大好きな作家。日本国内での評価も高くて、翻訳されている作品のほとんどが、「週刊文春ミステリーベスト10」や「このミス」で上位にランクインしている。スゲー。

日本での評価(ランキング等)
週刊文春ミステリーベスト10 海外編
『だれも知らない女』 1990年 第9位
『熱い街で死んだ少女』 1992年 第7位
『緋色の記憶』 1998年 第1位
『死の記憶』 1999年 第3位
『夏草の記憶』 1999年 第5位
『夜の記憶』 2000年 第2位
『闇に問いかける男』 2003年 第8位
『蜘蛛の巣のなかへ』 2005年 第10位
『緋色の迷宮』 2006年 第6位
『石のささやき』 2007年 第3位
『沼地の記憶』 2010年 第6位
このミステリーがすごい! 海外編
『過去を失くした女』 1992年 第2位
『熱い街で死んだ少女』 1993年 第3位
『緋色の記憶』 1999年 第2位
『夏草の記憶』 2000年 第3位
『死の記憶』 2000年 第7位
『夜の記憶』 2001年 第7位
『心の砕ける音』 2002年 第5位

トマス・H・クック - Wikipedia より

本作はクックお得意の記憶の中の事件。追憶の魔術師の名は伊達ではない。モノクロームに染まった遠い遠い日の記憶を呼び起こしながら、隠されていた哀しい結末を絶妙な筆致で抉り出していく。

1920年代、アメリカの田舎町が舞台。老境を迎えた主人公が少年の日の悪夢、半世紀前に起きたチャタム校事件を振り返っていく筋書きとなっている。セピアトーンの回想スタイルが今回もいい感じ。ミステリの枠を越えてブンガクの世界に半分入っている。端々の文章表現がとても美しい。

過去と現在のクロスオーヴァーぶりは本当に玄人芸。余人には真似しがたい達人の境地に達している。人生を達観してしまった老人のヘンリーと、初々しい希望に溢れた少年時代のヘンリー。この二人のギャップを描くことで、時の流れが人間にもたらす哀しみを見事に浮き彫りにしてしまう。巧い。巧すぎる。ストーリーテリングの冴えにはただただ溜息。

読み手に見せる情報のコントロールが上手い

視点は少年ヘンリーにあるので、ミス・チャニングやリード、そしてその妻のアビゲイルが実際にはどんな気持ちでいたのかは一切判らない。言動から推測するしかない。あくまでもヘンリーにはそう思えた、という観点で物語は構成されていて、読み手による解釈の幅を広げている所も素晴らしい。誰が死んで、誰が罰を受けてという外面的に出てくる事象の裏に、どれ程の心の闇が横たわっていたのか。少年らしい潔癖さがどれほどの惨劇をもたらしたのか。全てが終わってしまった事件であるだけに、やるせなさが募るばかり。

父親であるアーサーの高潔な人柄が唯一の救いかな。旧弊に縛られた古いタイプの人間なのだけど、篤実にして実直。人生終盤での挫折に直面して、なおも人としての矜持を失わない尊敬に値する人柄。泣ける。実は犯人なのではと疑ってしまったダメな読者をお許し下さい。まあ、これほどの父親が経営していた学校を廃校に追い込んでしまったのだから、主人公の絶望ぶりも伺えるというものか。

鈴木京香主演で、日本でもドラマ化されている

ちなみに、舞台を昭和38年の日本に置き換えたNHKドラマ版が2003年に放映されている。美術教師役は鈴木京香。これはなかなかのハマリ役かも。アビゲイルが室井滋というチョイスもなかなかではないかと。DVDは出ていないのが残念。見てみたかったな。

www6.nhk.or.jp