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『星虫』岩本隆雄 第1回ファンタジーノベル大賞最終候補作 1990年代に書かれたジュブナイルエスエフの良作

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岩本隆雄のデビュー作

1990年刊行作品。かれこれ35年近く前の作品になってしまった。岩本隆雄(いわもとたかお)のデビュー作だ。元々は新潮社主催の第1回ファンタジーノベル大賞の最終候補作だった。残念ながら選には漏れたものの、新設された(二年で消えたが)新潮文庫のファンタジーノベルシリーズから刊行された作品である。表紙及び本文イラストは道原かつみによるもの。

ちなみに、この年のファンタジーノベル大賞は酒見賢一の『後宮小説』。これはさすがに相手が悪すぎ(強すぎ)たのだと思う。

星虫 (新潮文庫 A 1-1 ファンタジーノベル・シリーズ)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

1990年代に書かれた作品を読んでみたい方。正統派のジュブナイルエスエフがお好きな方。新潮文庫のファンタジーノベルシリーズに興味がある方。あまり知られていないけど、良質なエスエフ作品を読んでみたいと思っている方におすすめ!

あらすじ

氷室友美の夢は宇宙パイロットになること。しかし高校生となった今、現実は必ずしも友美に対して友好的なものではなかった。そんなある日突然地球に降り注いだ数十億もの星虫たち。人間の額に張り付いたそれは感覚機能を飛躍的に向上させる機能を有していた。誰もが当初は星虫を受け入れていたが、無気味なまでに成長を続けていく星虫を前に人々の嫌悪感は高まっていく。

ソノラマ文庫で再文庫化

岩本隆雄はとにかく寡作な人間として知られ、新潮文庫ファンタジーノベル・シリーズ版の『星虫』が出版されたのが1990年。しかしその翌年『イーシャの舟』を上梓したものの以来長い沈黙状態になる。その後、作者に天啓が訪れたのか、ファンの声が届いたのか、はたまた朝日ソノラマの編集者が頑張ったのか、何故かソノラマ文庫で加筆修正の上で復刊された。ソノラマ文庫版の表紙及び本文中のイラストは鈴木雅久(すずきまさひさ)に変わっている。

ここからネタバレ

ソノラマ文庫版の違い

※『鵺姫真話』『イーシャの舟』などその後の岩本隆雄作品の内容について言及するので、その点ご了承を。

 

比較のため旧作と併せて読んでみた。で、主な変更点なのだが細かいところからいくとインターネットの普及とソヴィエト連邦の崩壊という当時としては予想しえない事態に対応して関連部分の記述が差し変わっている。ファンタジーノベル・シリーズ版の頃はまだソヴィエト連邦が存在したのだから感慨深い。

それから友美たちの担任教師がUFOを見に行った際のエピソードが微妙に変わっている。「現場で教え子と出会って後に結婚」という意味深な修正は伏線なのかな。ラストで秋緒が乗っている車椅子も手動タイプから電動タイプに変更されている。が、それよりも問題なのは介添者が増員されていること。この旧版では「三人の外国人」だったものが新版では「まだ中学生くらいの小柄な東洋系の女の子」が追加され四名になっている。この女の子は『鵺姫真話』『イーシャの舟』に登場する川崎純なのではないか。シリーズに連関性を持たせる意味での変更だろう。

そして細かいながらも大事なのが星虫による被害者数の違い。最終的な全世界死亡者数はファンタジーノベル・シリーズ版では四百名弱に及んでいたのが、ソノラマ文庫版では百名以上の入院者を出しているものの死者はゼロ。残虐性を緩和させたのかな、とも思ったけど、これ実は矛盾の解消を図る措置なのかもしれない。ファンタジーノベル・シリーズ版では友美と寝太郎以外の星虫最終形態保持者は死亡してしまうわけで、これでは彼らは「特別」な存在になってしまう。別に他の地球人でも星虫を宇宙へ帰せる人間が居てもよかったわけだから。この点ソノラマ文庫版では最終形態を受け入れたのは友美と寝太郎だけだったという設定に修正されてるのだ。なるほどね。

他にも微妙に小道具部分をいじってあるけれども本筋は当然変わっていない。「夢は、叶えるためにあるのだから」と臆面も無く真っ正面から語りきってしまう直球勝負もそのまま。名作であることは間違いないので、ワカモノに是非読んで欲しい一冊。

実は朝日ノベルズ版もある

と、書いてきたところで再度調べてみたら、2009年に刊行された朝日ノベルズ版も存在するらしい。こちらは『イーシャの舟』に加えて、書下ろしの短編「バレンタイン・デイツ」が追記されているもよう。イラストはえむかみによるもの。古い作品なので、紙の本で見つけるのは難しそうだけど、電子版でも読めるようなのでそのうち読んでみるつもり。

『星虫』シリーズの概要

なお『星虫』シリーズの概要はこんな感じ。

いずれも朝日ノベルズ版が電子化されているので、現在でも読むことが可能だ。朝日ノベルズ版では書下ろし短編の「バレンタイン・デイツ」「鵺姫序翔」が追加されている。

  • 『星虫』新潮文庫ファンタジーノベルシリーズ(1990年)/ソノラマ文庫(2000年)/朝日ノベルズ(2009年)
  • 『イーシャの舟』新潮文庫ファンタジーノベルシリーズ(1991年)/ソノラマ文庫(2000年)/朝日ノベルズ(2009年)
  • 『鵺姫真話』ソノラマ文庫(2000年)/朝日ノベルズ(2009年)
  • 『鵺姫異聞』ソノラマ文庫(2000年)/朝日ノベルズ(2009年)

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