金子玲介のデビュー作
2024年刊行。第65回のメフィスト賞を受賞した作品。作者の金子玲介(かねこれいすけ)は1993年生まれの作家。本作にて作家としてのデビューを果たしている。
初出は講談社のWeb小説誌『メフィスト』2023年WINTER特別号。単行本の表紙を飾っているのは俳優の菅生新樹(すごうあらき)。なんか似てると思ったら、菅田将暉(すだまさき)の実弟なんだね。
本の雑誌が選ぶ2024年度上半期ベスト10では、見事第一位に輝いている。
純文学からメフィスト賞へ
朝日新聞「好書好日」の紹介記事はこちら。
こちらの記事によれば、金子玲介はもともと純文学指向の作家であったが、各種文学賞での落選が続き、エンターテイメント系小説のメフィスト賞への応募に転向し、見事チャンス掴んだとある。
メフィスト賞出身者では、『煙か土か食い物』の舞城王太郎(まいじょうおうたろう)や、『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』の佐藤友哉(さとうゆうや)など、後に純文学方面にシフトしていく作家も存在してるので、この作家も同じような流れに乗るのかもしれない。どんなジャンルでも貪欲に受け入れてしまう、メフィスト賞の懐の深さが伺える。
金子玲介は作家デビュー後、矢継ぎ早に新刊をリリースしており、2024年だけで三作も上梓している。ラインナップはこんな感じ。二作目以降も気になるタイトルだなあ。
- 『死んだ山田と教室』(2024年5月)
- 『死んだ石井の大群』(2024年8月)
- 『死んだ木村を上演』(2024年11月)
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
男子校出身者。男子校に興味がある方。男子校の生態を知りたい方。十代男子がわちゃわちゃする小説を読んでみたい方。文学テイストの強いミステリ作品を読んでみたい方。メフィスト賞の作風の幅広さに触れてみたい方。メフィスト賞ならとにかく読んでみたい!という方におススメ!
あらすじ
啓栄付属穂木高校は県下屈指の名門男子校だ。8月29日。二年E組の人気者、山田が死んだ。車に轢かれたらしい。山田の居ない新学期を迎え、意気消沈するクラスメイトたちだったが、教室のスピーカーに山田の魂が憑依し、声だけの存在として蘇る。山田と二Eの同級生たちとの、不思議な共生生活が始まる。しかしやがて、別れの時はやってきて……。
ここからネタバレ
男子校のおバカスクールライフが楽しい
『死んだ山田と教室』の舞台となる、埼玉県にある名門男子校、啓栄付属穂木高校は、どう考えても慶應付属志木高校がモデルだろう。実際、こちらの記事を読むと、金子玲介は同校の出身者でもあるようだ。
母校を舞台としているだけに、描かれている男子校のおバカエピソードにリアリティがある。山田の存在が外部にバレてはいけない。だから山田を召喚する時には特定の下ネタキーワード「〇〇〇〇〇体操第二」を口にしなければならない(書くとGoogle先生にBANされそうなので書かない)。女子の視線がないから、男子校の内部は下ネタのオンパレードである。作者の実体験も織り込まれているのだろうか、十代男子ならではのアホエピソードが満載で、これがとにかく楽しいのだ。
明らかになって行く山田の真実
頭がよくて話が面白い。他者に対して配慮が出来る。誰とでも打ち解けることができて笑いも取れる。そこに居るだけで場が明るくなる。二年E組では誰からも愛されていた山田。
しかしそんな山田にも、知られていない過去があった。周囲と打ち解けることができず、疎外され、孤高の日々を過ごした中学時代。好きでやっていたバンド活動では、仲間たちから軽んじられてもいた。高校生活でようやく自分の居場所を見出したかに思えた山田だったが、辛い過去の記憶が自己肯定感を奪う。
メフィスト賞はいちおうミステリ系の賞なのだが、『死んだ山田と教室』にはミステリ的な要素はほとんどない。唯一あるとすれば、山田がどうして死んだのかという点くらいかな。山田の死の真相は本当に切ない。どれだけ現在が充実していても、それを覆い尽くしてしまう過去の闇。既に山田の死は確定しているだけに、動かし難い事実がなんとも重たい。
和久津の献身は山田を救ったか
和久津(わくつ)は、二Eの中で唯一、山田と出身中学が同じ人物だ。だから和久津は、山田の悲惨だった中学時代を知っている。中学時代に山田と同じような孤独の中にあって、自分と同類の空気を感じ取り、山田との距離を縮めていこうとした和久津。それだけに親友と信じた山田が、自ら死を選んでいたことに和久津は衝撃を受けたはずだ。
消えることがない死への願望。それなのに声だけの存在として生かされてしまった山田。クラスメイトたちと会話は出来ても、山田はもうどこにも行けない。そしていつしか時は過ぎ、学年が変わればクラスメイト達は教室を去り、やがて卒業し、学校からも居なくなる。孤独な生を忌避して死を選んだはずなのに、生きていた時以上の孤独に突き落とされた山田の心情を、和久津だけが汲み取り、最後まで寄り添おうとする。
山田と同様に生きづらさを抱えて生きて来た和久津にとって、山田は自身を投影する鏡でもあった。そんな山田が中学時代から見違えるように、誰からも好かれる人気者になった。それはどれだけ和久津を勇気づけたことだろう。しかし、それでも山田を死を選んでしまった。山田に自分を重ねてきただけに、山田の死は、和久津にとって自らの生の否定にもなりかねない。声だけの存在となり、誰もいなくなった教室で、死にたいと叫ぶ山田に、和久津はそれでも生きろと叫びかえす。山田を生かすことは和久津自身を生かすことだ。山田の声がきこえなくなった教室で、これからの和久津がどう生きていくのか。縋るべき存在を失った和久津の未来に光はあるのだろうか。