ネコショカ

小説以外の書籍感想はこちら!
2023年に読んで面白かった新書・一般書10選

『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

河野裕『いなくなれ、群青』階段島シリーズ一作目を読んでみた

本ページはプロモーションが含まれています


新潮文庫nexの第一期作品

2014年刊行作品。河野裕(こうのゆたか)による「階段島」シリーズの一作目である。ちなみに階段島の読みは「かいだんとう」であり、「かいだんじま」ではないので注意が必要である(ずっと「かいだんじま」だと思ってた)。

新潮社のライト文芸レーベル、新潮文庫nexの初回配本作品として登場している。

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

河野裕は1984年生まれ。2009年の『サクラダリセット』がデビュー作。わたし的にちょうど、小説を読まなくなった時期に出てきた作家であるため、今回が初河野作品ということになる。

あらすじ

大切な何かを失ったものたちがたどり着くとされる階段島。「魔女」と呼ばれる存在に支配され、人々は島の外へ出ることは許されない。三か月前、突然この島へとやってきた七草は、いつしかこの奇妙な環境にも慣れ、静かな日常に埋没しようとしていた。しかし、突如現れたかつての同級生真辺由宇が、その平穏な日々に波紋を投げかける。

階段島は死後の世界なのか?

今回はシリーズ一作目ということもあって、階段島ツアーガイドとして、ひととおりの地域、施設が紹介される。

階段島は入っては来られるけど、滅多なことで外には出られない(たまに消える人はいるみたい)。外界から隔絶されながら、何故か経済は回っている不思議なセカイである。ここでは「嫌なことが一つも起こらない」。淡々と日々は過ぎていき、すべては停滞していて現実感が無い。どことなく死後の世界(中有の世界?)を思わせるような場所で、村上春樹にこういうのあったよね。この島は「魔女」なる存在に支配されているようだが、今回は直接的な出番はなし。ここいら辺は今後の続巻に期待というところだろうか。

二人のピストルスター

本作に登場するピストルスターこと、ピストル星についての概要は以下の通り。

ピストル星(Pistol star) は1990年代の初め、ハッブル宇宙望遠鏡で発見された、それまで観測された銀河系の恒星のうち、最も明るい超巨星(高光度青色変光星)である。銀河系の中心方向のいて座に位置にある、太陽系から2万5000光年ほどの離れた五つ子星団 (Quintuplet cluster) の中にある。ピストルの形に似た星雲の中にあるためこの名称で呼ばれる。

ピストル星 - Wikipedia より

現在ではもっと光度の高い星は発見されているようだが、1990年代においては人類が知るもっとも明るく輝く星がピストルスターだった。ただ、この星はその遠さと、雑多な星間物質に邪魔されてしまうため、地球から視認することは至難の業であるらしい。

圧倒的な輝きで照らしながらも、その光を受ける側からはなかなかその存在を自覚できない。それがピストルスターの属性であり、本作の主人公が望んだ立ち位置でもあった。例えその姿は見えなくても、近くに居られなくても、ただどこかに在るのだと信じられてさえいればいいのだと。

理想主義者であり続けることは難しい

悲観主義者の主人公と理想主義者のヒロインは、どうにも折り合えない中でも惹かれあってしまう。たがお互いの信条を尊重するあまりに、いちどは距離を置くこと決意する。

理想を貫こうとする真辺由宇の生き方は過酷なものである。正しさで殴り続けるスタイルは、その正しさ故に本人を傷つける。理想を貫こうとする彼女の拳はいつしか血まみれになるだろう。七草といったんは別れた真辺が、絶望的なまでの孤独に直面したのは当然とも言える帰結である。結果的に互いの信条を曲げて、七草と真辺が共に生きる人生を選択したのは、現実問題としては最適解を求めた結果であり、自然ななりゆきのようにも思えるのである。

悲観主義者の求めた理想

しかし、悲観主義者の七草、こと真辺に関しては理想を求めてしまう。彼女だけには変わって欲しくない。共に生きることを決めた、現実世界での選択を、階段島での七草は許すことが出来ない。真辺の正しさは汚れてはならない。理想を追い続ける彼女を護りたい、欠けるところを見たくない。

この物語では主人公の傲慢さを徹底して描いていく。真辺に本来の生き方を貫いてほしいと思う、七草の選択は美しい話に見えるのだが、本人がそれで良しとしているものを曲げさせる。これは傲慢でなくてなんであろうか。こと、真辺に関しては理想を追い求める七草。しかし正しさは凶器にも、狂気にもなるのである。

そのままではいられないこと、それを認めるのは成長であり、人として正常なことに思えるが、七草はそれを許さない。後ろから追ってくる七草のために、真辺は自身の生き方を曲げられなかったのでは無いか?正しさを振りかざし続けるのが辛くないわけはない。それをやれというのは傲慢だし、ある意味冷酷ですらある。

一枚上手のヒロイン

もっとも、この世界の真辺は理想主義を貫き続ける、自分を矯めなかった真辺由宇なのである。

「現実の私たちが間違っているんだって証明する」

と、そんな七草の傲慢さをも軽々上まって真辺は戻ってくるのだ。二人は、それぞれが、互いのピストルスターであり、欠かせない存在になっていた。それは階段島にあっても変わることはない。二人いるなら、両方の可能性を選べる。この選択は、何も変わらないで在り続ける階段島の有り方に、これから波紋を投げかけていくのかもしれない。

シリーズの一作目としては実に魅力的な幕の引き方であり、続巻が楽しみである。既にシリーズは完結しているようなので、続けて読んでしまうつもり。

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

 

コミカライズ版もあるよ

ちなみに本作は兎月あいによってマンガ化されている。スクウェアエニックスの月刊Gファンタジー連載。

いなくなれ、群青 Fragile Light of Pistol Star(1) (Gファンタジーコミックス)

いなくなれ、群青 Fragile Light of Pistol Star(1) (Gファンタジーコミックス)

 

映画化もされる

本作は映画化も決まっている。柳明菜監督で、2019年9月公開予定。七草役を横浜流星、そして真辺由宇役を飯豊まりえが務める。映像化は難しそう(安っぽい映像になりそうな)だけど、果たしてどうなることやら。

inakunare-gunjo.com