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『君のクイズ』小川哲 奇跡の「ゼロ文字押し」は可能なのか?

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2023年、本屋大賞ノミネート作品

2022年刊行作品。作者の小川哲(おがわさとし)は1986年生まれの小説家。2015年、第3回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞した『ユートロニカのこちら側』がデビュー作である。

君のクイズ

既刊は以下の通り。

  • ユートロニカのこちら側(2015年)
  • ゲームの王国(2017年)
  • 嘘と正典(2019年)
  • 地図と拳(2022年)
  • 君のクイズ(2022年)

三作目の『嘘と正典』でいきなり、直木賞候補に。続く四作目の『地図と拳』では、あっさり第162回直木賞を獲得(すげー)。2022年はこの作家にとって飛躍の一年だったと言える。

本作『君のクイズ』は、朝日新聞社の小説誌「小説トリッパ―」の2022年春号に掲載されていた作品を、加筆修正のうえで単行本化したもの。2023年の本屋大賞では、ノミネート作品となっている。

ページ数にして200頁弱の中編作品のボリューム感。かなり分厚い紙を使っており、なんとか一作で単行本化したという印象だ。リーダビリティも高いので、読み始めたらあっという間に最後までいけると思う。

ちなみに年末発表のミステリ系ランキングでは、以下の順位となっている。

  • このミステリーがすごい!:2024年版国内編7位
  • ミステリが読みたい!:2024年版国内編2位

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

クイズ番組が好き!クイズに答えるのが大好きな方。魅力的な謎とその解法について考えてみたい方。小川哲作品を読んでみたいけど、どれから読むべきか悩んでいる方。手軽に読めるミステリ作品を探している方におススメ!

あらすじ

最強のクイズ王を決めるテレビ番組「Q1グランプリ」。決勝の場に臨んだ、三島玲央は、色物タレントと過小評価していた暗記の天才、本庄絆相手に苦戦を強いられていた。最終問題で本庄は、問題文が一文字も読まれないうちに回答ボタンを押し、あろうことか正解してしまう。それは仕組まれたヤラセだったのか?結果に納得できなかった三島は、本条が過去に出演していたクイズ番組の調査を始めるのだが……。

ここからネタバレ

奥深いクイズの世界

『君のクイズ』の主人公三島玲央(みしまれお)は学生時代から競技クイズを愛好し、実力を高めてきた人物。競技クイズとは聞きなれない言葉かもしれないが、こんなジャンルである。Wikipedia先生に項目があったのでリンク。

競技クイズの世界を描いた作品としては、アニメ化もされた『ナナマルサンバツ』が有名かな。こちらは高校のクイズ研究会を舞台とした競技クイズマンガだった。

競技クイズの世界では、一般人であるわたしたちには想像もできないようなテクニックが駆使されている。重要なのは「確定ポイント」の概念だ。クイズ番組で、出題者はクイズの問題を読み上げていくが、その過程で正解が一つに確定できるポイントがある。

参考として、次の問題を見てみよう。

Q.CNSと略されることもある三大学術誌とは『セル』『ネイチャー』と何でしょう?

『君のクイズ』p94より

「CNSと略されることもある三大」まで読み上げた時点で、問題が三大学術誌のことであること、最後の三つ目が答えであること、それはCNSの最後の「S」から始まるものが答えであることが想定され、正解が『サイエンス』に確定する。この確定ポイントで早押しできないようでは、競技クイズの世界では生き残れないのだ。

さらに凄いと思ったのは、問題文の読み上げが確定ポイントに至る、数文字手前であえて早押しする「読ませ押し」のテクニックだ。回答ボタンが押されても、出題者は急には問題文の読み上げを止められない。よって、ボタンが押された後も数文字分は喋ってしまう。結果として、回答の権利を得たうえで、自分だけが確定ポイントを活かすことが出来るというわけだ。

奇跡の「ゼロ文字押し」の真相

主人公のライバルキャラである、本庄絆(ほんじょうきずな)が、どうして一文字も出題分が読み上げられていない状態で、正解を答えることが出来たのか。本作は、この魅力的な謎とその解法に迫っていく物語である。

「Q1グランプリ」決勝や、それ以前の本庄絆が出演したクイズ大会の経緯を、作中では丁寧に追いかけていく。その過程で競技クイズならでの、特殊な答え方、問題の作られ方が描かれていく。

「確定ポイント」の概念は、回答者側だけが理解していても実はダメで、当然、問題文を作る側もそれを前提としている必要がある。先ほどの例で言えば、二番目の『ネイチャー』が正解になるようだと、ちょっとお行儀の悪い問題ということになる。

また、「Q1グランプリ」は生放送でもあったため、誰も回答が出来ないような問題は出題が控えられる。生放送の間が持たないからだ。そのため、超難問に思えながらも、特定の回答者には既知の内容である問題も出題されたりする。

こうした競技クイズ独特の慣習をもとに、本庄絆はなぜ「ゼロ文字押し」が出来たのかが解明されていく。この過程が、ミステリとして非常に面白い。

なお、最終問題の回答となった「ママクリーニング小野寺よ」は実在する、山形県のクリーニングショップである。

クイズとは人生である

『君のクイズ』が人気を博し、本屋大賞のノミネート作品になるまでに評価されているのは、競技クイズの世界をリアルに描いているからだけではない。この物語の中では、主人公の三島玲央が、いかにして競技クイズの世界にハマり、その技術を高めることに夢中になり、いつしかクイズが人生の一部にすらなっていく流れがしっかりと書き込まれている。

人生において、夢中になって打ち込める「何か」があることは、時として大きな支えになる。同棲していた彼女に去られ、自分を見失いかけていた主人公は、いつしかクイズで正解することで大きな自己肯定感を得ていたことに気付く。

何かを知るということは、その向こうに知らないことがあるのだと知ることなのだ。

『君のクイズ』p189より

知れば知るほど、その先に未知の「知らない」ことがある。人生とは選択の連続であり、何かを選ばなくてはならないという点では、クイズと共通する部分がある。もちろんすべてに正解することはできないし、その場では、正解かどうかわからない選択も多いはずだ。それでも人は選ばなくてはいけないし、生きていかなくてはならない。

この物語のタイトルが『「君の」クイズ』であって、『「僕の」クイズ』ではないことに注目しておきたい。三島玲央(僕)にとってクイズ=人生だった。では『「君の」クイズ』とは何だろうか。それは、読む側それぞれに「クイズ」に相当する、「人生」があるのだと指し示しているように思えてならないのだが、それは考え過ぎだろうか?

君のクイズ

君のクイズ

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