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『金環日蝕』阿部暁子 犯罪はわたしたちの身近なところに

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阿部暁子初の単行本、社会派ミステリ

2022年刊行作品。作者の阿部暁子(あべあきこ)は1985年生まれの小説家。集英社が主宰していた公募文学賞「ロマン大賞」で、『いつまでも』(書籍刊行時のタイトルは『屋上ボーイズ』)が大賞を受賞し、2008年に作家デビューを果たしている。

ロマン大賞は2014年をもって終了してしまうのだが、2012年には白川紺子(しらかわこうこ)を世に送り出している。阿部暁子と白川紺子の二人を見出した点が、この賞の最大の成果といえるかもしれない。

金環日蝕

2020年の『パラ・スター』以来、二年振り。『金環日蝕(きんかんにっしょく)』は、阿部暁子にとっては久しぶりの新作である。作家としては15年のキャリアを持つ阿部暁子だが、今回が初の単行本作品だ。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

学生を主人公とした社会派のミステリ作品を読んでみたい方。北海道(札幌)が舞台のミステリ作品を読んでみたいと思っていた方。現代社会の闇の部分について考えてみたい方。阿部暁子の作品を読んでみたいと思っていた方におススメ!

あらすじ

近所で起きた引ったくり事件。偶然、現場に居合わせた大学生の春風と、男子高生の錬は、犯人を追跡するものの逃げられてしまう。二人は残された遺留品から犯人を見つけ出すため、二日間だけ行動を共にすることになる。やがて犯人は明らかとなるのだが、その背後には、巨大な現代社会の闇が横たわっていて……。

ここからネタバレ

登場人物一覧

最初に本作の登場人物をまとめておこう。

  • 森川春風(もりかわはるか):心理学を学ぶH大二年生。主人公
  • 北原錬(きたはられん):春風とバディを組む男子高校生
  • 北原由紀乃(きたはらゆきの):錬、陽、翠の母親
  • 北原陽(きたはらよう):錬の弟。翠とは二卵性双生児
  • 北原翠(きたはらすい):錬の妹。陽とは二卵性双生児
  • 辻正人(つじまさと):錬の友人。服飾系の専門学校生
  • 鐘下実(かねしたみのる):ひったくり犯。H大三年生
  • 小佐田サヨ子(おさださよこ):ひったくり被害者
  • 志水理緒(しみずりお):H大の一年生
  • 志水奈緒(しみずなお):理緒の妹。女子高生
  • 加々谷潤(かがやじゅん):錬たちの父親。由紀乃の元夫
  • 皆川怜(みなかわれん):加々谷の元同僚

舞台は北海道の札幌。主人公の森川春風はH大の大学生。H大は描写的に、北海道大学ではないかと思われる。

女子大生と男子高生、わけあり二人のバディもの

本作の主人公、森川春風は、幼い頃に誘拐され大怪我をさせられた過去がある。そのため、春風は犯罪に対しての警戒心が強い。身を護るために柔道を習い、自衛のための武器を肌身離さず持っている。彼女は持ち前の正義感の強さから、事件に積極的に関与していく。

春風とコンビを組むのが、男子高生の北原錬だ。一見すると地味な男子高生だが、真の姿は何でもできてしまうイケメンスーパー高校生である。父親が詐欺師として逮捕され、家族が迫害を受けた経験から、錬は父親と、犯罪行為に対して強い嫌悪感を抱いて育っている。

そんな過去を持つ二人だからこそ、目の前で起きたひったくり事件を放置してはおけなかった。もちろん、物語の序盤では、春風と錬はお互いの過去を知らない。他人が被った犯罪被害に対して、どうしてこれほどまでに執着を見せるのか。春風と錬はそれぞれに、コンビを組む相手に対して違和感を抱きながら、事件に向き合っていくことになる。

身近にある犯罪の闇

『金環日蝕』で、もう一人メインキャラクターを挙げるとすれば、志水理緒だろう。第二章で志水理緒が登場してから、物語は俄然、ダークな展開に入っていく。母子家庭の志水家では、母親が病に倒れ家計が苦しくなっている。妹の奈緒が事件に巻き込まれ、大金が必要になるが理緒にはどうすることもできない。

理緒はアルバイト先で出会った、謎の男カガヤに頼り、結果的に彼女は特殊詐欺の片棒を担がされていくことになる。理緒が担当するのは、特殊詐欺のターゲットを見つけるための名簿を「擦(こす)る」作業だ。リストアップされた高所得老人たちに、さりげなく接触し、個人情報を聞き出し名簿の精度を上げていく。カガヤによって経済的にも、精神的にも救済された理緒は、その行為が犯罪に繋がっていることを自覚しながらも辞めることができない。

そんなある日、理緒は、かつてカガヤのもとで働いていた鐘下実につきまとわれ、特殊詐欺の実行犯に加わるよう脅迫を受ける。当たり前の平穏な日常が唐突に終わり、パックリと開いた社会の闇に飲まれていく展開。従来の「優しい」阿部暁子作品を読んできた身としてはかなり驚かされた。

信じられたら信じたい

ちなみにタイトルの「金環日蝕」は、こんな自然現象を指す。

月と太陽の視直径はほとんど同じであるが、月の地球周回軌道および地球の公転軌道は楕円であるため、地上から見た太陽と月の視直径は常に変化する。月の視直径が太陽より大きく、太陽の全体が隠される場合を皆既日食(または皆既食。total eclipse)という。逆の場合は月の外側に太陽がはみ出して細い光輪状に見え、これを金環日食(または金環食。annular eclipse)と言う。

日食 - Wikipediaより

太陽に月が重なり、その光を隠してしまうのが日食という天体現象だ。その中でも「金環日蝕」は、完全に月が太陽を隠してしまうのではなくて、僅かにリング状に太陽光が見えているのが皆既月食とは異なる点だ。

人を信じたい気持ちが、逆に特殊詐欺を蔓延させてしまっている現実には、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。人間社会のすぐ身近なところに、犯罪のリスクは迫っていて、ちょっとした運命の変転で人生は闇に飲まれてしまうことがある。ただどんな時にも光はある、救いはあるのだと思いたい。

人間の顔はひとつではない。

天と地ほどの振り幅で、慈愛から残虐までを同居させている。

『金環日蝕』p125より

理緒を脅迫した鐘下実だが、その根底には家族を助けたい気持ちがあった。加々谷潤は、良き夫であり良き父親ではあったが、その裏で詐欺行為に加担していた。カガヤの名を騙った、皆川怜は冷酷な裏社会の住人だったが理緒だけは助けようとした。闇の中にも光はあるのであり、光の中にも闇はある。

春風と錬はそれぞれに暗い過去を持ち、それに縛られて生きている。人間は弱いし、過去にも囚われる、だがどんな時にも光はあって、変わっていくことはできる。

けれど弱く脆い人間が、その弱さと脆さによって、立ち上がることができると私は信じる。私は学び、努力し、時にゆらぎ、それを克服しようとあがきながら、私が変われるということを証明する。証明しようと決意する時、私の未来はどんな鎖からも自由になり、無限の可能性をもって広がる。

『金環日蝕』p409より

ラストシーンで示される春風の強い決意に心打たれる。これまで青春小説や、恋愛小説のジャンルで活躍してきた阿部暁子にとって、『金環日蝕』は転機となる一作かもしれない。

金環日蝕

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