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『君待秋ラは透きとおる』詠坂雄二が描く能力バトル!

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詠坂雄二が描く能力バトルもの!

本日紹介するのは詠坂雄二(よみさか ゆうじ)の2019年刊行作品『君待秋ラは透きとおる』だ。タイトルの読みは「きみまちあきらはすきとおる」ね。

作者の詠坂雄二は1979年生まれ。今は亡き光文社の新人公募企画「KAPPA-ONE」出身の作家だ(光文社版のメフィスト賞みたいな感じ)。デビュー作は『リロ・グラ・シスタ the little glass sister』。ミステリ系の作品を主に書いてきた作家だが、今回はなんと能力バトルものに挑戦である。これにはちょっと驚かされた。

角川文庫版は2022年に刊行されている。

君待秋ラは透きとおる (角川文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

能力バトル系の作品がお好きな方。能力バトル系作品の「能力の理由」について考えてみたい方。個性的なキャラクターが続々と登場する物語を読んでみたい方。詠坂雄二の作品をどれから読んでいいか悩んでいる方におススメ。

あらすじ

君待秋ラ(きみまちあきら)は19歳の女子大生。彼女には匿技(とくぎ)と称される不思議な力があった。その力とは「透明化」。匿技者たちを保護する日本特別技能振興会に所属する麻楠均(あさぐすひとし)は彼女への接触を図る。麻楠均の匿技は体内から鉄筋を生成する「鉄筋生成」。自分以外にも匿技を持つ存在が居ることに秋ラは衝撃を受けるのだが……。

ここからネタバレ

匿技者とは?

能力バトルものにおける、異能者の定義、呼称はさまざまだが、本作で登場する特殊技能の持ち主たちは「匿技者」と呼ばれる。その存在頻度は1000万人に一人と、極めて稀少。『ジョジョ』なんかに比べると遥かに少ない。

その能力の強力さ、圧倒的な数の少なさ故に国家権力からは脅威とみなされ、戦前より政府機関によって管理がなされている。現在では、特殊法人の日本特別技能振興会が、彼らの存在を調査、把握し、出来る限りその管理下に置こうとしている状態である。

本作の主人公君待秋ラの能力は「透明化」だが、その他にも麻楠均の無から鉄筋を発生させる「鉄筋生成」や、ラザロ・フリックの瞬間移動技「座標交換」、サフィ・ナジブの猫化「カトライズ」、汐見ときの自らを「分裂」させる能力など、さまざまな異能が登場する。極めつけは御来屋主任の「光速操作」だろうか。これ、使い方次第では人類滅ぼせるのでは??

透明人間の眼は見えるのか?

能力バトルとしての本作の特徴として、匿技士たちの異能に対して、出来る限り科学的なアプローチでその力を解釈していこうという姿勢が挙げられる。そもそもが、人智を超えた能力なので、「結局のところはわかりません」で終わりがちなのだけど、物語にもっともらしさを付与する意味で、こうしたアプローチは大切なのではないかと思われる。

能力バトルの始祖、山田風太郎の忍法帖シリーズなんかでも、医学的な見地から無理やりその能力を解説したりしてたしね。そんなわけないだろ!とツッコミつつも、適度なウンチクを加味していくことで、作品にはもっともらしさが醸し出されてくるのだ。

特に、本作のヒロイン君待秋ラの「透明化」については、かなり突っ込んだ細かな描写が施されている。君待秋ラは任意の空間を透明化させることが出来るのだが、その力は自身を含めた人間にも適用させることが出来る。つまり透明人間を作れるわけである。

しかし透明になった人間本人に視力はあるのか?光を受信する眼球そのものが透明化したら、本人も目が見えなくなるのではないか。そんな読み手の素朴なツッコミに、本作では徹底して向き合っている。こちらのインタビュー記事で、作者の考えが開示されていたので、ご紹介しておこう。

「透明人間に関して〝頭が透明になったら目が見えなくなるよね?〟というツッコミは、昔からずっとあるものです。科学的に考えても、水晶体が不可視になってしまったら、光を集めることができないから何も見えないはず。そのツッコミをただ取り上げるだけなら、わざわざ今の時代に透明人間を書く必要は感じません。ツッコミを〝お題〟と捉えることで、自分なりの新しい透明人間像を作ることができるんじゃないか。つまり、〝目が見える透明人間は、どのような理屈を立てれば、ある程度の説得力を持って存在させることができるか?〟。それを書くことが、作家としての面白味でもあるし、他では読めない価値に繋がるんじゃないかと思ったんです」

小説丸インタビュー 詠坂雄二さん『君待秋ラは透きとおる』より

いかにも詠坂雄二らしい、こだわりと言ったところだろうか。ミステリの世界から離れても、この作家らしい独特の切り口は健在だった。

悩める少女の成長物語

多くの匿技士にとって、その能力は望んで得たものではない。彼らの異能は、彼らを孤独にする。特に、君待秋ラにとっては、「透明化」の能力が双子の弟の視力を奪ってしまったのではないかという負い目になっている。それ故に、君待秋ラは「透明化」の力を行使することに消極的だ。

そんな彼女が、日本特別技能振興会にスカウトされ、匿技を持つ者が自分だけではないこと、「透明化」の力の科学的な解釈を知ることで、はじめて自らを肯定的にとらえることが出来るようになっていく。この点、周囲の大人たちが極めてまっとうな人間ばかりで構成されていることも大きいだろう(変人ばかりだけど)。

今回の体験を通じて、君待秋ラは「透明化」の新たな力に気づく。そして長年のコンプレックスから解放され、前向きな人生を選択することできた。双子の弟、春トにもたらされた新たな力も含め、引き続きこの世界観を楽しみたいと思うのだが、果たして続篇はあるのだろうか?

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