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『夏へのトンネル、さよならの出口』八目迷 時間を代償に、欲しいものが手に入るなら?


八目迷のデビュー作

2019年刊行作品。作者の八目迷(はちもくめい)は1994年生まれのライトノベル作家。「僕がウラシマトンネルを抜ける時」が第13回の小学館ライトノベル大賞にて「ガガガ賞」と「審査員特別賞」を受賞。同作は『夏へのトンネル、さよならの出口』と改題されてガガガ文庫から上梓された。表紙及び、本文中のイラストはくっかが担当している。

夏へのトンネル、さよならの出口 (ガガガ文庫)

現時点での八目迷の作品は以下の通り。『ミモザの告白』シリーズも好評のようで、現在注目の集まっているライトノベル作家のひとりと言えるだろう。

  • 『夏へのトンネル、さよならの出口』:2019年。ガガガ文庫
  • 『きのうの春で、君を待つ』:2020年。ガガガ文庫
  • 『ミモザの告白』:2021年。ガガガ文庫
  • 『ミモザの告白 2』:2022年。ガガガ文庫
  • 『琥珀の秋、0秒の旅』:2022年。ガガガ文庫

ラノベニュースオンラインによる作者インタビューはこちらから。

独占インタビュー「ラノベの素」 八目迷先生『夏へのトンネル、さよならの出口』 - ラノベニュースオンライン

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

現実世界に行き詰まり感を覚えている方。やりたいことがあるのに、何をしていいかわからない方。やりたいことが見つからなくて悩んでいる方。夏を舞台とした清々しいボーイミーツガール作品を読んでみたい方。劇場版を観る前に原作をチェックしておきたい方ににおススメ!

あらすじ

高校生の塔野カオルは「芯を持たないことを芯にしている」。これから先の未来に希望を持てないでいる。一方、都会から転校してきた花城あんずは、その向こうっ気の強さから周囲と馴染めずにいた。そんな二人が出会ったのは不思議なウラシマトンネル。年を取ることと引き換えに、どんなものでも手に入ると噂されるトンネルに彼らは挑んでいくのだが……。

ここからネタバレ

行き止まりの二人

この物語の主人公である塔野(とうの)カオルは家庭に問題を抱えている。彼は母親が浮気相手との間に作った子だ。さらに五年前に不慮の事故で、二歳下の妹カレンに目の前で死なれている。気遣いが出来て明るいカレン。彼女の存在でかろうじて保たれていた塔野家の秩序は崩壊する。母は家を飛び出し、父は飲んだくれ、やがて精神の平衡を失う。「死んだのがお前だったらなぁ」そう言われ続けて生きていく高校生活は、どれほどの地獄だろう。

そして本作のヒロイン、花城(はなしろ)あんずは都会からやってきた孤高の転校生だ。田舎の生活に溶け込まない。周囲を寄せ付けない気位の高さ。状況によっては暴力の行使も厭わない。そんな花城にはマンガ家になりたいという強い目標がある。しかし両親の強い反対を受け、花城は叔母の住むこの地への転校を余儀なくされている。

目の前にある、いかんともしがたい、どうにもならない現実の壁。閉塞感を抱えて、鬱屈とした高校生活を送る二人を軸としてこの物語は展開されていく。

欲しいものがなんでも手に入るウラシマトンネル

ウラシマトンネルに入れば、欲しいものがなんでも手に入るという。

だが、その代償としてトンネルに入った人間は歳月を奪われる。対価として必要な時間は、トンネルの滞在時間に比例していて、作中の調査によると以下の通り。

  • 1秒滞在:40分経過
  • 1分滞在:40時間経過
  • 1時間滞在:100日経過
  • 1日滞在:6年半経過

たった1分、中に入っただけで40時間が経過してしまう。1時間入れば、なんと100日だ。これすぐに気づいたからよかったようなものの、何も知らずに探検していたら、ものすごく悲惨な事故が起きていそうな気がする。

大きな代償を要求するウラシマトンネルだが、当然のことながらメリットもある。塔野は、失ったはずの妹カレンのサンダルを見つけるし、花城は親に捨てられた小学生時代のマンガ原稿を発見する。

壊れてしまった塔野の家族。失われたかつての絆を蘇らせたい。塔野はカレンの存在を取り戻すべく、ウラシマトンネルに入ることを決意する。

それぞれの前進

父の再婚。そして転居が伝えられ、塔野は更に、家の中での居場所をなくす。塔野はトンネルの中に、カレンを探しに行くしか自分を救う道が見えなくなる。

一方「特別」な存在になりたいと願い、トンネルに入ることを決めていた花城には転機が訪れる。応募していた作品が編集者に認められ、マンガ家としての将来に可能性が出てきたのだ。

未来の展望が全く見えない人間と、未来への希望が見えてきた人間。前に進めないものと、前に進めるもの。ここで塔野と花城の未来はいったん分かれる。塔野は、花城を置いて、ただ一人でトンネルに挑むことを決める。

失われた、もはやどうしようもできない過去をなんとかしたい。現実に向きあおうとせず、過去の事実を変えようとする。塔野の行動は一見すると、とても後ろ向きな選択に思える。だが「失うことが怖くて得ることに対しても臆病」になっている塔野にとっては、真摯に過去と向き合い、かつての自分を精算することが必要だったのではないか。ウラシマトンネルに入ること。過去に向かって進むことが、この時の塔野にとっては「前進」だったのではないかと思えるのだ。

トンネルの先にあるもの

ウラシマトンネルの先で、塔野はカレンに再会し「愛する資格」を手に入れる。ウラシマトンネルの真の特性は「欲しいものがなんでも手に入る」ではなく、「失くしたものを取り戻せる」だった。かくして塔野は「現実と向き合う力」を取り戻す。塔野はここではじめて「カレンの死」を現実のものとして、受け入れることが出来たのだ。

カレンとの再会を果たした後、塔野は本当の意味で「前進」をはじめたのだと思う。第五章のタイトルは「走れ」だ。これがここにきて効いてくる。そして第三章での花城のセリフ、理想の自分を手に入れるには「自分が選んだ道を全力で駆け抜けるしかない」が効いてくる。暗いトンネルを光に向けて走り続ける塔野の姿は、彼の再生を象徴していもいるのだろう。

ウラシマトンネルは、その特徴的に、日本神話におけるこの世とあの世の境目、黄泉平坂(よもつひらさか)に似ているかなとも思った。だけど、こうしてみると産道のメタファーとも考えられるかな。塔野はウラシマトンネルから、もういちど生まれ直したのだ。

「普通」を積み重ねていく

ラストシーン。いまでも塔野のことを思っていてくれる花城。そしてマンガ家としてのキャリアを一時中断してまで、ウラシマトンネルに入って追いかけてくれる花城。塔野と花城の未来がふたたび繋がる。そして失われたかに思えた父親との絆の再生。なんだよこの出来すぎのラストは、と、完璧なハッピーエンドに眉をひそめてしまうひねくれもののわたし。

だが、ちょっと待って欲しい。13年と45日行方不明。高校中退。無職で現世に帰ってきた塔野のこれからを考えると、これだけの代償を払ったのだから、幸せになってもいいんじゃないという気持ちにもさせられる。

ここで、第五章のこのことばをかみしめてみたい。

特別になりたいなら、僕になんて構ってちゃいけない。
普通に頑張れ。
誰にでもできて、誰にも褒められず、誰にも同情されない。
そういう普通をひたすら延々と地道に積み重ねた上に、特別があるんだよ。

『夏へのトンネル、さよならの出口』p250より

「特別」を追い求める花城に対してのことばだ。お手軽に得られる「特別」などない。普通を積み重ねた先にしか「特別」はない。ここから先の塔野も、ただひたすらに「普通」を積み上げていくことになる。

それは、人間誰しもに課せられた宿命でもあるのだろう。読み手のひとりひとりにも迫ってくる普遍的な事実だ。

劇場アニメ版は9月9日から!

さて、『夏へのトンネル、さよならの出口』は2022年9月9日からの、劇場アニメ版の公開が決まっている。デビュー作がいきなり劇場アニメ化とは、八目迷、なかなかに「持っている」作家と言える。

監督、脚本は田口智久。キャスティングは以下の通り。一般層にも見て欲しいのだろう。メインの二人に声優を使わない配役。これが吉と出るかどうか。

  • 塔野カオル:鈴鹿央士
  • 花城あんず: 飯豊まりえ
  • 加賀翔平:畠中祐
  • 川崎小春:小宮有紗
  • 浜本先生:照井春佳
  • カオルの父:小山力也
  • 塔野カレン:小林星蘭

オーディオブック版

本作には、音声朗読版も存在する。キャストは映画版とは全く異なる。

  • 塔野カオル:多田啓太
  • 花城あんず:吉岡茉祐
  • 加賀翔平:植木慎英
  • 川崎小春:朝日奈丸佳
  • 浜本先生: 三重野帆貴
  • 塔野カレン:中井美琴

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コミカライズ版は全四巻

コミカライズ版は小うどんが作画を担当。2020年~2021年にかけて全四巻が刊行された。花城のタッチが、いまいち原作と違う?と思ったけど、読んでみたらあんまり違和感なかった。

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