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『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子 とある仇討ちをめぐる群像劇

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直木賞&山本周五郎賞のW受賞作

2023年刊行作品。タイトル『木挽町のあだ討ち』の読みは「こびきちょうのあだうち」。作者の永井紗耶子(ながいさやこ)は1977生まれ。産経新聞の記者からフリーライターに転身。その後2010年に『絡繰り心中』(単行本刊行時のタイトルは『恋の手本となりにけり』、文庫版ではさらに改題されて『部屋住み遠山金四郎 絡繰り心中』)で、小学館の小学館文庫小説賞を受賞し、作家としてのデビューを果たす。

木挽町のあだ討ち

2021年には『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』で、新田次郎文学賞を受賞。2022年には『女人入眼』が第167回直木賞の候補となった。そして本作『木挽町のあだ討ち』では、第36回の山本周五郎賞と、第169回の直木賞を獲得している。

新潮社による試し読みページはこちら。第一章分がまるまる読めるようになっている。

作者インタビューはこちら。

音声朗読のAudible版は2023年の12月にリリース。語り手は声優の関智一(せきともかず)だ。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

江戸時代を舞台とした連作ミステリを読んでみたい方。時代小説ファンの方。仇討ちモノがお好きな方。江戸の情緒と人情を感じてみたい方。直木賞受賞作を読んでみたい方。さまざまな登場人物の人生に思いを馳せてみたい方におススメ!

あらすじ

江戸、木挽町。雪の降りしきる夜。とある芝居小屋の傍ら。菊之助は父の仇、作兵衛を見事に討ち果たす。かかげられた血まみれの首。しかし大評判となった仇討ちには、意外な真相が隠されていた。二年後、菊之助の縁者を名乗る男が、当時を知るものたちの許を訪れる。次第に明かされていく事件の裏側。果たして、あの時何が起きていたのか。

ここからネタバレ

江戸、木挽町を舞台とした連作時代ミステリ

本作の舞台となる江戸の木挽町(こびきちょう)は、現在の東京都中央区銀座。歌舞伎座の周辺を指す地名。駅で言うと地下鉄の東銀座あたり。銀座と築地の間の細長いエリアが木挽町と呼ばれていた。

時代区分的には「田沼意次から松平定信の時代に」と作中にあるので、18世紀の後半あたりになるだろうか。

まずは、本作の構成を紹介しておこう。

  • 第一幕 芝居茶屋の場
  • 第二幕 稽古場の場
  • 第三幕 衣装部屋の場
  • 第四幕 長屋の場
  • 第五幕 枡席の場
  • 終幕 国元屋敷の場

本作は全六幕(六章)で構成されている。第一幕~五幕までで、事件に立ちあった五人の人物から見た「あだ討ち」と菊之助の姿が語られていく。菊之助当人を直接描かず、周囲からの目線で描いていく方式。最後の終幕でようやく菊之助本人が登場し、事件の種明かしがされるという趣向になっている。連作短編形式なので、基本的には最初から順番に読んでいくべき。間違っても終幕から読み始めないように。

江戸の苦労人たち

事件に立ちあった五人はいずれも、江戸での菊之助をよく知る人物だ。以下、各幕ごとの視点人物を挙げておこう。

第一幕 芝居茶屋の場:一八(いっぱち)、木戸芸者
第二幕 稽古場の場:与三郎(よさぶろう)、立師、御家人の三男
第三幕 衣装部屋の場:芹澤(せりざわ)ほたる、女形
第四幕 長屋の場:久蔵(きゅうぞう)、小道具、木彫り職人
第五幕 枡席の場:篠田金治(しのだきんじ)、筋書、旗本の次男、野々山正二

一八は吉原の遊女の子として生まれ、幇間(ほうかん)を志すもうまくいかず、木戸芸者の職を得てようやく居場所を見出した人間。与三郎は御家人の子として生まれ、人並み以上の剣の才能を持つが、人間関係に苦悩し武士を捨てる。芹澤ほたるは天明の浅間山噴火による難民で、母と共に江戸に流れ着くが、母は死亡。その後、焼き場の隠亡に育てられ、数奇な境遇を経て女形となる。久蔵は親の代からの木彫り職人。優れた腕前を持つが、仕事で自宅に帰れない間に、最愛の我が子を病で失う。篠田金治は、裕福な旗本の次男坊として生まれるが、人生の退屈さに憂いて、芝居小屋の筋書へと転じる。

いずれにも共通するのは、通常の人間では体験しえない、人生の紆余曲折を経て現在に至っている点だ。余人には耐えがたい苦難を乗り越えて、自分の居場所を見出した人びと。そんな人々だからこそ、訳アリの仇持ちの菊之助を助けたくなる。

次第に明かされていく真相

物語が進展していく中で、菊之助の仇討ちは、世間で言われているような美談ではないことが読者にはわかってくる。菊之助の父、清左衛門はどうして、家人の作兵衛に斬られたのか。当初は極悪人のように語られていた作兵衛も、よく聞けば、清左衛門との関係は良好であったことが明らかになる。菊之助も、作兵衛を討ちたくないと思っており逡巡している。それではどうして「木挽町のあだ討ち」は起きたのか?

雪の降りしきる中、衆人環視の中で、女物の着物をまとった美貌の若衆が、父親の仇である極悪人を討つ。しかも首を切り取り掲げて見せたのだという。なんとも、芝居がかった展開だなと読む側に思わせておいて、これが全て最初から最後まで仕組まれた筋書だったことが判明する。各章には周到に伏線が散りばめられており、終盤にこれが一気に回収されていくカタルシスはなかなかのもの。各章の登場人物たちがどうして菊之助を助ける気になったのか。それぞれの生い立ちがしっかりと書かれているだけに、展開にも説得力があり、最後にはホロリとさせられる。

もっとも篠田金治が書いた筋書は、粗いといえば粗いものがあり、これバレてたら全員打ち首獄門コースだったのでは?首を改めた役人がしっかり検分していたら、全て終わっていたと思うのだけど、この点は、まあ、突っ込むだけ野暮というところだろうか。

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