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『ここはすべての夜明けまえ』間宮改衣 わたしのかぞくのはなし

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間宮改衣のデビュー作

2024年刊行作品。作者の間宮改衣(まみやかい)は大分県出身で、1992年生まれ。第11回ハヤカワSFコンテストに、本作『ここはすべての夜明けまえ』にてエントリし、特別賞を受賞。作家としてのデビューを果たしている。

表紙イラストはイラストレータの北澤平祐(きたざわへいすけ)によるもの。

ここはすべての夜明けまえ

大森望の本作レビューはこちら。

山内マリコによる本作のレビューはこちら。

ちなみに、第11回ハヤカワSFコンテストの大賞は矢野アロウの『ホライズン・ゲート 事象の狩人』(応募時タイトルは「ホライズン・ガール~地平の少女~」)。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

ちょっと毛色の変わったエスエフ小説を読んでみたい方。家族とのかかわり方について考えてみたい方。不老の身体を得た人間とその人生について興味がある方。純文学的な要素を多分に含んだエスエフ作品を読んでみたい方におススメ!

あらすじ

2123年10月。老いない肉体を得て、百年余りを生きた「わたし」は静かにこれまでの人生を振り返る。この世にはもういない家族。できたこと、できなかったこと。しあわせだったとこと。こうかいしていること。つらかったこと。そして一生わすれたくないとねがったこと。とめどなくあふれる想いがここに綴られていく。

ここからネタバレ

わたしと家族の物語

最初に「わたし」とその家族を確認しておこう。

  • わたし:1997年生まれ。主人公
  • おとうさん:わたしを溺愛するも性的虐待を加える
  • おかあさん:わたしを出産した際に死亡
  • こう(浩太):18歳年上の長男
  • まり(万里香):15歳年上の長女
  • さや(沙耶):10歳年上の次女
  • しん(新)ちゃん:沙耶の息子

母親は「わたし」出産時に死亡している。年の離れた兄とふたりの姉がいる。父親は母親の命を奪って生れて来た「わたし」に愛憎の入り混じった複雑な感情を抱き、深く愛しながらも、性的な虐待をしてきている。そんな二人の関係を見て育った、兄姉たちは「わたし」を蔑視している。

「わたし」は父親からはDVを受けて育ち、兄姉からは蔑まれている。だから人生に絶望している。安楽死を望んだ彼女だったが「ゆう合手術」を受けることで、歳を取ることのない肉体を手に入れる。若いころの外見のまま生きていく「わたし」と、老化して普通に死んでいく家族たち。最後にひとり残された「わたし」は何を想うのか。

「アルジャーノン」的な、ひらがな多め文体

『ここはすべての夜明けまえ』は、家族が全て死に絶えた後、ひとりになった「わたし」が遺した手記というスタイルを取っている。漢字は画数が多くて書くのが面倒との理由で、本文中には難しい漢字は登場しない。本文のほとんどがひらがなと、簡単な漢字のみで構成されている。どことなくダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』を想起させられる。

年齢的には100歳を超える長命なのだけれども、精神的には少女の頃のまま大人になってしまった「わたし」の在りようを象徴するような文体なのかなと感じた。

「わたし」の心に触れたもの

作中で言及されている「わたし」の心に触れたもの三点。

  • Orangestar『アスノヨゾラ哨戒班』

「今日の日をいつか思い出せ未来の僕ら」

  • 棋士、永瀬拓矢

「得体のしれないものに対してどれだけ積めるか」

  • 映画『ザ・ホエール(The Whale)』

「I need to know that I have done one thing right with my life.」(人生で何か一つでも正しいことをしたと知る必要がある)

ザ・ホエール(字幕版)

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  • ブレンダン・フレイザー
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後悔、それでも生きていく

「わたし」は「ゆう合手術」によって、それまでの苦しみから救われたのか、というと必ずしもそうではないのだと思う。手放したはずの生身の女性としての自分。それにもかかわらず「わたし」を愛してくれるしんちゃんの存在。血のつながった甥を恋人として受け入れ、生涯を共に過ごさせる。ある意味でこれは、復讐のようにすら感じられる。

しんちゃんの死後、「わたし」は彼に対して恋愛感情がなかったこと。彼の人生を壊してしまったことを述懐し、自らがかつて父親に受けていたのと同じ虐待行為をしてしまったのではないかと懺悔する。

時代は22世紀に入っており、人類は滅亡の危機に瀕している(めっちゃ唐突な展開ではある)。未来を模索し、地球を捨てて旅立っていく新しい人類たち。そんな中で「わたし」は、治療を受けることも拒み、衰えつつある機械の身体のままで最後の時間を過ごそうとする。文章のひらがな率が上がり、「わたし」が確実に老いていることが読み手にも伝わってくる。自分の人生は何だったのか。向き合うのではなく、ただ見つめたい。終末の世界をひとり行く「わたし」の姿が、滅びゆく人類の姿に重なり、なんともいえない独特な読後感を残してこの物語は終わる。

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