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『木洩れ日(こもれび)に泳ぐ魚』恩田陸 

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別れを決めた男女の最後の夜を描く

2007年刊行。「婦人公論」2006年1月22日号から2007年2月22日号にかけて連載された作品を加筆修正の上で単行本化したもの。この年2007年は恩田作品が出ていたように記憶していたが、実は長編作品はこれ一作だった。意外だな。

装丁は例によってとても凝っていて、半透明のカバー部分には泳ぐ魚。透けて見える地の部分には森が描かれている。タイトルのイメージが美しく表現されたスタイリッシュなデザインだ。挿画は佐々木悟郎。

個人的には文庫版よりこちらのデザインの方が好み。

木洩れ日に泳ぐ魚

文春文庫版は2010年に刊行された。解説は鴻上尚史が担当している。文庫版の帯によると、なんと発行部数が50万部を超えているらしい(スゲー)。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

ワケアリ男女の行き詰る心理劇を堪能したい方。意外で、思いもよらぬ真相にビックリしたい方。恩田陸作品ならではの、理性的で知的な文章表現を味わいたい方。恩田陸の恋愛小説を読んでみたい方におススメ!

あらすじ

高橋千浩と藤本千明。一つ屋根の下で暮らしてきた二人は別離を決意する。きっかけは一年前の事件だった。二人が旅行先で雇ったガイドの墜落死。男の死は事故として処理されたが、その背後には確かに何かがあった。それは本当に事故だったのか。それとも……。最後の夜が更けゆく中、彼らは真実に向き合うべく語り始める。互いに疑念を抱きながら。

ココからネタバレ

血縁関係がある男女の心の機微

ある種の人間にとってインセストタブーはたまらない魅力となって映るようで、どうやら恩田陸もその一人のようだ。ちなみにわたしもその同類(だから恩田ファンなのかもしれないが)。恩田陸は既存作品でも血縁関係がある男女の微妙な距離感を、様々なバリエーションで描いてきたけど、今回は異母兄妹でもなく、義理の親子でもなく、まさに実の兄妹同士という禁断の関係。連載をリアルタイムで追いかけていた読者はさぞかしドキドキしたことだろう。

これだけ互いを意識して一緒に暮らしていながら一線は決して越えない。しかし極限にまで張り詰めた糸はいつか切れるように、高い負荷をかけられ続けた二人の精神状態は崩壊寸前のところまで追い詰められていた。そんな状況下で、決定的な事件が起きる。事態の核心に手を触れないまま、別離を決めた二人が最後の一夜に決着をつけるべく対峙する。『木洩れ日に泳ぐ魚』はそんな物語。

魔法の時間が終わる時

恋愛小説度の高さとしては恩田陸作品の中でも屈指で、これまで意図的に避けてきた感すらある中で意外な驚きだった。でも、主人公二人が共に最後まで理性的に過ぎるのが、この人らしくもあり、逆に惜しくも感じさせられた点だろうか。もっとドロドロしたのもたまには読んでみたい。細やかな心理描写。ちょっとした比喩の使い方、言葉の選び方は更に上手になってきた印象を受けた。

終幕近く、夜から朝へとうつろいゆく時間の流れの中で二人を呪縛していた恋愛の魔力が解けていく。「否応なしに夜がこじ開けられていく」「朝はいつも何かをあきらめさせる」といった諦観にも似た感慨を二人が抱くシーンは心に残る本作の静かなクライマックスだった。

ちなみに回想の中で登場する場所は白神山地、十二湖近辺はだいたいこのあたり↑。

GoogleMapの埋め込みを使いたかったので貼ってみる。これは五能線ファンとしては嬉しい。でも恥ずかしながら白神山地は登ったことが無いのだ。実際に山中で携帯が通じるのかどうか確認しに行かなくてはなるまい(今なら通じちゃうのかも)。

木洩れ日に泳ぐ魚

木洩れ日に泳ぐ魚

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倉科カナ主演で朗読劇に!

『木洩れ日に泳ぐ魚』は倉科カナと、浅利陽介の両名により朗読劇になっている(2021年2月12日~14日)。本来は舞台劇となる筈であったようだが、コロナ禍で断念。当初の上演予定を延期し、朗読劇として成立となった模様。演出、脚本は演劇集団キャラメルボックスの真柴あずきが担当している。

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