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『きょうの日はさようなら』一穂ミチ 90年代からやってきた「いとこ」と過ごす特別な夏


一穂ミチ初の非BL作品

一穂(いちほ)ミチは、もともと二次創作の世界で活躍していた人物で、その力量を買われて、新書館のBL雑誌「小説ディアプラス」の2007年ナツ号に『雪よ林檎の香のごとく』を発表し作家デビューを果たす。

以後、BL小説の書き手として50作!を超える著作を残している、その世界では知られた人気作家だ。この時期の代表作は2014年の『イエスかノーか半分か』で、2020年には劇場アニメ版が公開されている。

一般層向けに大ブレイクしたのは2021年の『スモールワールズ』。この作品は165回の直木賞候補作となり(受賞は佐藤究の『テスカトリポカ』と澤田瞳子の『星落ちて、なお』だった)、この年の本屋大賞では第三位にランクインした。

きょうの日はさようなら (集英社オレンジ文庫)

と、前置きはこれくらいにして、本日ご紹介するのは2016年刊行作品の『きょうの日はさようなら』だ。デビュー以来、長らくBL小説メインに作品を上梓してきた、一穂ミチにあって、『きょうの日はさようなら』は初めての非BL作品として、重要な一作といえる。一穂ミチに非BL系作品を書かせた、オレンジ文庫担当者の慧眼に感謝しよう。

表紙イラストは宮崎夏次系が担当。オレンジ文庫のサイトには宮崎夏次系作画による、ためし読みマンガが掲載されている。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

大切な人と過ごす、夏の物語を読んでみたい方へ。『スモールワールズ』でブレイクする前に書かれた、一穂ミチの一般向け作品を読んでみたい方。1990年代に高校時代を過ごした方へ。1990年代のゲーム、マンガ文化を愛している方におススメ!

あらすじ

2025年の夏。明日子と日々人、双子の姉弟のもとに、彼らの「いとこ」が現れる。しばらくの間に一緒に暮らすことになると告げる父。二人の前に現れた「いとこ」の今日子は、パッと見、古風な女子高生。それもそのはず、今日子は1978年生まれ。不幸な事情から大けがを負い、30年の眠りから目覚めたばかりだったのだ。明日子と日々人、そして今日子たちの奇妙な夏休みが始まる。

ここからネタバレ

よみがえる1990年代

ワケアリ女子高生の堂上今日子(どうがみきょうこ)は1978年生まれ。よって、何事もなければ、彼女の女子高生時代は1990年代ということになる。『きょうの日はさようなら』でとにかく印象的なのが、今日子を通じて描かれる懐かしの1990年代文化だ。今日子と同世代の方であれば感涙を禁じえないのではないか。

集英社オレンジ文庫は、かつてのコバルト文庫の読者たちを想定読者にしていると聞くことがある。そう考えると本作の1990年代推しも、うなづけるものがあるように思える。

ポケベル(ポケットベル。ケータイ登場前に一瞬だけ流行した)、ミスチル、CD(コンパクトディスク)やMD(ミニディスク)、ティラミス、北斗の拳、桃鉄、ストリートファイターII、そしてスーパーマリオブラザーズ!今日子の趣味が偏りすぎてる(笑)。1990年代文化の中でも、かなりゲーム、マンガに振り切りすぎた選択で、古風な見た目からは想像も出来ないほど、当時の今日子はそっち系の女子高生だったのだろう。

ちなみにスーパーマリオブラザーズの8-4(ワールド8の第4面)の攻略動画はこちら。スーマリの8-4ネタがこれほどまでに感動的に使われるとは思わなかったよ。

平凡な日常に訪れた非日常

門司明日子(もじあすこ)と日々人(ひびと)は双子の姉弟。今日子と同じ高校二年生。二人の母親は既に亡く、彼らは父親との間に問題を抱えている。明日子は、母の命を奪った、遺伝性乳がん卵巣がん症候群を受け継いでいる可能性がある。また、明日子は、交際相手の悠真(はるま)との間もうまくいっておらず、現在は連絡を絶っている状態だ。未来である「明日」に対するそこはかとない不安。何もすることがない夏休み。そんな状態の明日子の前に、今日子は現れたことになる。

30年前の事件で全てを失った今日子の存在が、明日子の生き方にも影響を与える。「あしたなんか、信じられないよ」と語る今日子は、ただひたすらに「今日」を、いま生きているその時間を貪欲に生きようとする。

今日子の家系に受け継がれる、呪いともいえる火の祟り。夏の終わりが近づいていく中で、明日子は、今日子に隠されたほんとうの秘密を知ってしまう。同じように家系の呪いを受け継いでいるかもしれない明日子にとって、今日子の存在はとてつもなく大きなものになっていく。

明日を生きる明日子と、日々を生きる日々人

最後に収録されている「堂上今日子について、そしてさよならプレイガールちゃん」は、『きょうの日はさようなら』の後日譚となっている。

まず登場するのが、1990年代当時の今日子と「ちょっといい感じ」になっていた沖津くんのその後のお話。もしかしたら付き合っていたかもしれない。ありえたかもしれない幸せな未来。でも現実にはそんなことは起こらなかった。永遠に喪われてしまった未来が切ない。オッサンの視点からの回想が、グッとくる。

後半パートはその後の明日子と日々人のお話。足の爪を切る明日子は「明日」の象徴だ。明日子は過去をひきずらない。今日子との思い出が残るプレイガールの爪も、綺麗に切り落としてしまう。一方で、日々人は「日々」の象徴だ。常に今日子を想うための布を手首に巻き。今日子への誓いを果たそうとする。

さよならなんて、きょうだけの話しでしょ?

一足飛びに未来を向いている明日子と、着実に毎日を積み重ねていく日々人。その先の三人が再会できる未来があるのだと信じたい。

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