二人称で描かれる異色の現代史
2005年刊行作品。古川日出男(ふるかわひでお)としては10作目。あまりお目にかかることが無い、二人称形態で書かれた小説作品である。
戦時下に置き去りにされた四頭のイヌのその後を描く章と、現代のロシアの物語が交互に描かれていく。イヌに着目して描かれた古川版異色の現代史だ。
恩田陸の『ユージニア』と共に、2005年の直木賞にノミネートされた作品だが、残念ながらいずれも落選している。ちなみにこの時の直木賞受賞作は朱川湊人『花まんま』である。
文春文庫版は2008年に登場している。 文庫版ではおまけにイヌ系図なるものがついてくるので、本作をより深く理解するにはこちらがおススメである。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
犬好きの方。現代史について考えてみたい方。二人称で書かれた小説がどんなものかピンとこない方、ちょっと興味がある方。比較的初期の古川日出夫作品を読んでみたい方におススメ。
あらすじ
第二次大戦中、日本軍の撤退に伴いアリューシャン諸島キスカ島に置き去りにされた四頭のイヌ。米軍の進駐を受けた島で、彼らはそれぞれの新たな運命を生きることになる。あるものは軍用犬としての進化を遂げ、あるものはロシアの凍土で橇を引く。繁殖し増え続けていくイヌたち。彼らの子孫は世界の大地を駆け抜けていく。
ここからネタバレ
ライカ犬「ベルカ」の物語
「ベルカ」とは史上初めて宇宙から生還したつがいのライカ犬の片割れの名前。以後、英雄犬として軍用犬の繁殖に使われ同名の子孫が本編でも登場する。島、犬、置き去りとかいうキーワードから、『南極物語』みたいな感動系をイメージしがちだけど、そこはやはり古川日出男、一筋縄ではいかない。間違ってもそういうお話にはならない。予想を思いっきり裏切ってくれる。
家畜として無惨に使い捨てられていくイヌ。時に戦場に送り込まれたり、はたまた繁殖犬として使い捨てられたりと、数奇な運命を辿っていく彼らの生き様を、湿っぽくならずに、それでいて不思議に暖かみを感じさせる文体で綴っていく。近すぎず、かといって遠すぎない。描写対象との距離感の取り方が絶妙なのである。イヌを変に擬人化させたりして、過剰な人間の想いを託したりしていないところも好印象。
この作者の引き出しの多様さ思い知らされた一作なのであった。
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