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『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

『アラビアの夜の種族』古川日出男 馥郁たる闇の香り

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古川日出男の出世作

2001年刊行作品。ゲームボーイソフト『ウィザードリィ外伝2・古代皇帝の呪い』のノベライズ版として、1994年に刊行された『砂の王』(ログアウト冒険文庫/未完)を下敷きに、全く別の物語として再構築し直したのが本作である。

第55回(2002年度)の日本推理作家協会賞長編部門受賞。このミステリーがすごい国内部門(2002年)で12位。ベストSF2002国内部門で4位。ミステリチャンネル国内ミステリー部門(2002年)第1位。等々、エンタメ系の作品としては方々で非常に高く評価された一作。

アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ)

角川文庫版は2006年に登場。あまりに長大な作品であるがために、三冊に分かれて文庫化されている。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

イスラーム地域、特にナポレオン戦争時代のエジプトを舞台とした作品を読んでみたい方。奇想に溢れた、ダークで個性の強いファンタジー作品を読んでみたい方。古川日出男の最初期作品に関心のある方。ゲームの「ウィザードリィ」が大好きな方におススメ!

あらすじ

聖遷暦1213年。カイロ。迫り来るナポレオン艦隊を前にして、エジプトの知事(ベイ)たちは決戦の準備に明け暮れていた。しかし知事の一人イスマーイールの側近アイユーブは禁断の秘術を用いてナポレオン軍を屠る妙策を進言する。世界に一冊しか無い災いの書。読む者を虜にして果てには狂気へと導く闇の物語とは。夜の種族が紡ぐ幻想のサーガが語られていく。

ここからネタバレ

あまりに魅力的な「災いの書」

リアルで攻めてきているナポレオン軍を、書物の力で追い払おうってのはいくらなんでも無理がある話で、素直に部下の献策を受け入れているイスマーイールはちょっとお前そこに座れよって、説教したくもなるくらいあり得ない。でもそんな些細なことはどうでもいいと思えるくらいに、この災いの書が魅力的なのだ。

元ネタは「ウィザードリィ」でも知らなくてもオッケー

夜の種族ズームルッドを語り部として、夜な夜な語られる幻想譚。この物語の原型はRPGゲームの古典中の古典たる「ウィザードリィ」である。したがって元々「ウィザードリィ」が好きだった人間としてはたまらないものがあるわけだが、全く予備知識無しで読んでも十分楽しめる。むしろ、ゲームを知らない人こそ読んでいただきたいダークファンタジーの超傑作なのである。

読み始めたら止まらない徹夜本

三人の主人公が織りなす奇想天外な物語は、いざ頁を繰り始めたら容易には読み止めることが出来ない。結末まではノンストップである。テンポが良く、些か乱暴とも思えるような独特の語り口調が、実はこの小説ならではの玄妙なリズムを作り出していて、知らず知らずのうちに読み手は引き込まれてしまうのだ。

物語に浸食されていく現実

実際のナポレオン侵攻と、語られる物語がもう少しシンクロしてくれれば面白かったのにというのが惜しいといえば惜しい部分。虚構の世界の圧倒的な吸引力を前にして、災いの書作成をもくろんだアイユーブは物語世界に飲み込まれていく。虚構に浸食されていく現実を仄めかしつつこの作品を幕を閉じているのだが、どうせそこまでやったのなら、虚実がひっくり返るくらいの大どんでん返しを見せて欲しかった。魔王アーダムに瞬殺されるナポレオン軍って絵になると思うのだが。それはさすがにやりすぎかな。

その他のウィザードリィ小説はこちら

「ウィザードリィ」のノベライズはベニー松山による以下の二作があまりに名作なので、併せてご紹介しておこう。どちらもKindle Unlimited対応である。

ベニー松山『隣り合わせの灰と青春』の感想はこちらから。

ベニー松山『風よ龍に届いているか』の感想はこちらから。