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『なめらかな世界と、その敵』伴名練 「ベストSF2019」国内篇第1位!寡作作家、初のエスエフ短編集

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「ベストSF2019」国内篇第1位作品

2019年刊行作品。作者の伴名練(はんなれん)は1988年生まれ。商業出版としてのデビュー作は2010年角川ホラー文庫から刊行された『少女禁区』。表題作は日本ホラー小説大賞の短編賞を受賞(応募時タイトルは「遠呪」)している。

ただ、こちらは現在入手困難となっている模様。Amazonのマーケットプレイスではけっこうなプレミアがついている。

少女禁区 (角川ホラー文庫)

少女禁区 (角川ホラー文庫)

  • 作者:伴名 練
  • 発売日: 2010/10/23
  • メディア: 文庫
 

寡作で知られ、発表作品の多くが同人媒体であったことから、商業出版としての出版は本書『なめらかな世界と、その敵』でようやく二冊目。純粋なエスエフ作品集としてはもちろん初となる。

刊行されるやいなや、「ベストSF2019」国内篇第1位作品に。2010年代の日本エスエフを代表する作品の一つと言えるだろう。表紙イラストは『かぐや様は告らせたい』の赤坂アカが起用されており、版元の気合の入りっぷりが伺える。

なめらかな世界と、その敵

ハヤカワ文庫版は2022年に刊行。文庫版には、文庫版用に書き下ろされた作者あとがき、さらに斜線堂有紀の解説がついてくる。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

幻の作家、伴名練の作品に触れてみたい方、2010年代の日本エスエフ界を代表する作品群を読んでみたい方、最近の日本エスエフにきょうみのある方、バラエティに富んだエスエフ短編集を読んでみたい方におススメ!

あらすじ

並行世界を自由に行き来できる少女たちの物語(なめらかな世界と、その敵)。黎明期の日本エスエフ界を牽引した三人の作家たち(ゼロ年代の臨界点)。脳科学を題材とした愛憎半ばする二人の関係(美亜羽へ贈る拳銃)。書簡形式で綴られる姉妹の絆(ホーリーアイアンメイデン)。冷戦時代、高度に発達した米ソのAI戦争がもたらしたもうひとつの人類史(シンギュラリティ・ソヴィエト)。修学旅行の生徒たちを乗せた新幹線が遭遇する前代未聞の異常事態(ひかりより速く、ゆるやかに)。計6編を収録。

2010年代、日本エスエフ界の到達点を示した短編集。

ここからネタバレ

なめらかな世界と、その敵

初出は2015年刊行の同人誌「稀刊 奇想マガジン 準備号」 カモガワSFシリーズKコレクション。その後、東京創元社の『年刊日本SF傑作選 アステロイド・ツリーの彼方へ』にも掲載された。

本書収録作品は概ね、発表年代順に掲載されている。しかし唯一の例外として、他作品をすっ飛ばして最初に掲載されているのが、この「なめらかな世界と、その敵」である。しかも表題作なのである。伴名練に初めて接するであろう一般読者にとって、その文章力を見せつけるには、この物語が最適であると編集サイドは判断したのであろう。

きらびやかで、色彩的。絶え間なく揺れ動く並行世界の描写に、まず圧倒される。この文体、バランス取るのが難しそう。文章のドライブ感と、読み手がギリギリ着いていけるあたりを絶妙に突いてきている。ものすごい職人芸を感じる。最初にこれを持ってきたの納得。

並行世界を自在に移動できる乗覚能力。しかし厳島マコトは、事故によりその能力を失ってしまっている。一つの世界が嫌になったり、飽きてしまっても、別の世界に逃げてしまえばいい。しかし乗覚を失った人間は、その世界で生きていくしかない。

「わたしから目を逸らせないのはわたしだけ」そう告げるマコトに対して、架橋葉月は自らの乗覚を捨てる決断をする。マコトから「目を逸らさない」生き方を選ぶのである。清々しいまでの百合エンド。伴名練作品の名刺代わりの一作目としては、確かにこれで正解だったのかもしれない。

ゼロ年代の臨界点

初出は2010年刊行の同人誌「Workbook93 ぼくたちのゼロ年代」。その後、東京創元社の「年刊日本SF傑作選 結晶銀河」にも掲載された。

結晶銀河 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

結晶銀河 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

  • 発売日: 2011/07/27
  • メディア: 文庫
 

ゼロ年代と言うのだから、2000年代の話が始まるのかと思ったら、まさかの1900年代が舞台の作品。しかも架空歴史系!日本エスエフの黎明期に活躍した三人の女性作家、中在家富江、宮前フジ、小平おとらを主軸に据えた物語。現実に存在した人物や作品と、架空のそれとをごちゃ混ぜにして、見てきたような嘘をまことしやかに語りつくす。

ラストで翠橋から身を投げた富江とおとらは、おそらく時間を超えて、「電波脳髄」を打倒しえる歴史を作り出そうと、「技術」の種を撒きながら歴史の改変を続けている。大ラスで唐突に明かされるフジの月面到達話は、二人の歴史改変の成果の一つだろう。

フジの享年は五十一とある。この物語が始まる1902年にフジが10代後半だったとして、少なくとも1930年代にフジは没している。つまり1930年代以前に人類は月に到達していたことになり、これはアポロ11号が月面に到達した1969年を大幅に前倒ししているのである。

美亜羽へ贈る拳銃

初出は2011年刊行の同人誌「伊藤計劃トリビュート」。その後、東京創元社の「年刊日本SF傑作選 拡張幻想」にも掲載された。

拡張幻想 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

拡張幻想 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

  • 発売日: 2012/06/28
  • メディア: 文庫
 

「美亜羽へ贈る拳銃」のタイトルそのものは、梶尾真治の『美亜へ贈る真珠』がオマージュ元ではないかと思われる。

美亜へ贈る真珠 〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

美亜へ贈る真珠 〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:梶尾真治
  • 発売日: 2016/12/20
  • メディア: 文庫
 

内容的なオマージュ元は伊藤計劃の『ハーモニー』。

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:伊藤計劃
  • 発売日: 2014/08/08
  • メディア: 文庫
 

であるのだが、恥ずかしながら、ゼロ年代の後半から2017年頃まで「小説読めない病」に罹患していたので(これまでにも何度かある)、わたしは伊藤計劃を読んでいないのである。したがって、「伊藤計劃トリビュート」という点には触れない感想とさせていただく。いい加減、伊藤計劃読まないとね。

さて、本作は神冴実継(かんざえみつぐ)と北条美亜羽(ほうじょうみあは)。敵同士として出会った二人が、いかに恋をして、いかに憎みあい、いかに愛しあわなかったかの物語だ。

この世界では、脳にインプラント処理を行うことで能力や感情、人格すらも制御出来てしまう。神冴側に囚われ、インプラントによる精神的な死を望んだ美亜羽。人格改変後の美亜羽は実継を愛するようになるが、実継が愛していたのはオリジナルの美亜羽だった。こういうエスエフならではの『ロミオと』はいいよね。

伊藤計劃の『ハーモニー』を読んだら感想追記する予定(たぶん)。

ホーリーアイアンメイデン

初出は2017年刊行の同人誌「年刊日本SF傑作選91~99を編む パイロット版」。その後、東京創元社の「年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック」にも掲載された。

妹、本庄琴枝(ほんじょうことえ)から、姉、本庄鞠奈(まりな)へ。届けられた五通の手紙。書簡文形式で綴られる姉妹の物語。

舞台は太平洋戦争中の日本ではないかと想定される。本庄鞠奈には、抱擁した相手の闘争心を消滅させ、従順な人物に人格を書き換えてしまう能力がある。この力に注目した軍の宗像大尉は、鞠奈を利用して戦争終結の道を模索し始める。

なお、アイアンメイデン(鉄の処女)の実物はこんな感じ。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/f/fa/The_exhibit_of_Meiji_University_Museum.jpg

鉄の処女 - Wikipediaより

オリジナルのアイアンメイデンは本体内部に据え付けられた突起物の刺突によって、対象者の生命を奪う。一方で鞠奈のホーリーアイアンメイデン(こう書くとスタンド能力みたいだ)は、彼女が抱擁するだけでその効力を発動する。

宗像大尉の初対面時の台詞で、「二人とも、十二にしては」とあるので、鞠奈と琴枝は双子の姉妹であった可能性が高い。琴枝自身には特殊な能力は無い。しかし鞠奈の力は、琴枝の存在に由来している可能性がある。鞠奈が力を奮うにつれて、琴枝が次第に衰弱していったのは、能力の「代償」であったのか?それとも鞠奈に力を使わせまいとした、琴枝自身の意思による覚悟の絶食であったのかは判断が難しいところ。

自信の生命を犠牲にして、愛する姉の能力を奪う。ラストの一行が心にしみる、姉妹百合小説の佳品。

シンギュラリティ・ソヴィエト

初出は2018年刊行の同人誌「改変歴史SFアンソロジー パイロット版」。

「ホーリーアイアンメイデン」まで、本書収録の伴名練作品は、全て東京創元社の「年刊日本SF傑作選」に再録されていたのだが、本作ではそれが無くなった。既に単行本版の話が出ていたタイミングだったのだろうか(うがった見方)。

それにしてもずっと東京創元社から出してきたのに、一番美味しい単行本版はハヤカワに持っていかれてしまったのは、ちょっとかわいそうな気もする。

「シンギュラリティ・ソヴィエト」は歴史改変系エスエフだ。そして魅惑のソヴィエト百合小説でもあるのだ!

シンギュラリティ(Singularity)とは最近よく耳にする言葉だが、これは技術的特異点(正しく書くならTechnological Singularityか)の意。人類の知能を代替出来るレベルにまで、人工知能(AI)が進化した段階を指す。

物語は1969年、アポロ11号が月に到達したところから始まる。月面は既に人類未踏の地ではなくなっていた。月面に翻る赤旗と、そびえ立つレーニン像。ソヴィエト連邦は、高度なAI「ヴォジャノーイ」を完成させていたのである。対抗措置としてアメリカはAI「リンカーン」を開発。東西冷戦はAIに支配された新たな時代に突入していく。

というのが大前提。両陣営のAIに使役された、人工知能博物館の学芸員ヴィーカ・ベレンコと、西側の工作員マイケル・ブルースの静かな戦い。浸食されていく現実世界と、拡張されていく世界認識。出し抜いたつもりが出し抜かれる。二転三転するAIの代理戦争。そして最後に明かされる壮大なオチ。ラストシーンが最高過ぎる!これは映像で見てみたくなるなあ。

ひかりより速く、ゆるやかに

最終エピソードは書下ろし作品である。

タイトル的なオマージュ元は、吉田秋生の1984年作品『河よりも長くゆるやかに』ではないかと思われる。

河よりも長くゆるやかに (1) (小学館文庫)

河よりも長くゆるやかに (1) (小学館文庫)

  • 作者:吉田 秋生
  • 発売日: 1994/11/17
  • メディア: 文庫
 

修学旅行帰りの生徒たちを乗せた新幹線のぞみ123号は、集団低速災害に巻き込まれる。新幹線とその車内では2600万分の1の速度で時間が進んでおり、外部からの干渉を受け付けない。彼らが目的地の名古屋に到着するのは2,700年後!

新幹線のぞみ123号は、日本航空123便になぞらえているのかと思うのだけど、これはちょっと悪趣味のような……。

とある事情で修学旅行に行きそびれた主人公、伏暮速希(ふしぐれはやき)と、同級生の薙原叉莉(なぎはらさり)。二人だけの卒業式から物語は始まる。超低速化した新幹線をいかにして本来の世界に呼び戻すか。主人公が抱えていた葛藤と、見えてきた事件の真相。日本の大動脈、東海道新幹線が使えなくなってしまったらという、社会派エスエフとしての面白さ。そして、時折挿入される文明が崩壊した2,700年後の未来の情景。

複数の要素を巧みに織り交ぜながら、青春小説としての清々しいラストに結実させている筆力に唸らされる。

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