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『裏世界ピクニック7 月の葬送』宮澤伊織 ついに閏間冴月との対決に??

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「裏世界ピクニック」シリーズの七作目!

宮澤伊織(みやざわいおり)による「裏世界ピクニック」シリーズの第七弾となる。2021年の12月に刊行された作品。2021年は3月に第六巻が出たばかりなので、刊行ペースの速さに驚かされる。さすがはライトノベル畑の作家さんというべきだろうか。

裏世界ピクニック7 月の葬送 (ハヤカワ文庫JA)

既刊の感想はこちらから。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

怖い話が好き。特にネット怪談系、都市伝説っぽい話がお好きな方。ガールミーツガール系の作品が好みの方。強くて(いろいろな意味で)凶暴なヒロインがお好きな方。空魚と鳥子のこれからが気になって堪らない方におススメ。

あらすじ

鳥子と気まずくなった空魚は、かつて訪れた大宮の廃屋を再訪する。そこで出会った意外な人物とは(怪異に関する中間発表)。深刻な脅威となりつつある閏間冴月を祓いたい、殺すしかない。そう思い詰めた空魚は思索をめぐらす(トイレット・ペーパームーン)。「葬送」を決めた四人は裏世界へ。そこで行われる野辺送りの儀式(月の葬送)。三篇を収録したホラー短編集。

ここからネタバレ

以下、いつものように各編ごとにコメント。

名恐ろしきもの

冒頭に清少納言の『枕草子』百四十八段の「名恐ろしきもの」が引用されている。「恐ろしいもの」ではなく「『名』恐ろしきもの」であるところがポイントのように思える。「名は体を現す」ということばもあるとおり、名前にはその実態の本質が反映される。名前が怖いものは、本体も怖ろしい。

怪異に関する中間発表

空魚(そらお)と鳥子(とりこ)が裏世界から拾ってきた少女霞(かすみ)を、小桜(こざくら)は引き取ることに。前巻あたりから、小桜が年相応?の大人としての判断を見せるようになっていて、頼もしいと思える反面、危なっかしくてちょっと心配。霞は「向こう側」から送られてきた探査用の端末なのか?Tさんや肋戸(ばらと)美智子なんかよりは、実体性が強いように思えるけど、果たしてその正体は?

大学でゼミがはじまったことで、より変な女、ヤバい女としての風評が確立しつつある、空魚。「実話怪談の形式がエスノグラフィーに似ている」という指摘は面白い。

エスノグラフィーは、社会学や文化人類学で使われる調査手法で、調査対象の世界に実際に入り込んで、インタビュー、観察を通じて理解を深めていく手法を指す。空魚と鳥子の場合、実際に裏世界に入り浸っているわけで、これって思いっきりエスノグラフィーのやり方だよね。

学会人ならドン引きしかねない空魚の話を、真摯に受け止めてくれる阿部川教授が尊い。阿部川先生にはモデルがおられて、作者の恩師にあたる方なのだとか。

なお、巻末で紹介されている『文化人類学の思考法』はこちら。

と、枝葉の部分はさておき、このエピソードで大事なのは、ついに空魚が閏間冴月(うるまさつき)と対峙している点にある。実体なのか残留思念なのか、それとも「現象」に過ぎないのか。気になる二人の接触結果は、次なるエピソード「トイレット・ペーパームーン」で明らかになる。

トイレット・ペーパームーン

これまでなんどか邂逅を果たしてきたものの、空魚と閏間冴月が、ふたりっきりでガチで接触するのはこのエピソードが初めて。アルファ・フィメール(第一位のメス)として、敵愾心をいただいていた空魚ですらも、一瞬で魅了してしまう閏間冴月の異能が怖ろしい。

両眼のウルトラブルーの瞳、目的のためなら手段を択ばない凶暴さ、執着した相手への強いこだわり。って、実は閏間冴月って、空魚の上位互換種なのでは?とも思える。空魚の閏間冴月への敵意は、同類嫌悪だったりするのかもしれない。

「支配しようとした」→「屈辱」→「殺す」と、一直線に思い詰める空魚の思考パターンがかなり怖い。鳥子にちょっかいを出してくることでなく、自分の独立性を侵してくる存在に対して、空魚は猛烈な嫌悪感を抱く。

かくして、空魚は閏間冴月を「殺す」ために情報収集を開始する。そのためには、かつて閏間冴月に魅了されていた女たちの協力を得る必要がある。ということで、空魚、鳥子、小桜に加えて、潤巳(うるみ)るなを加えたパーティが結成される。

「潤巳るなが仲間に加わった!」

かつて、閏間冴月の元カノ?だった女たちが、過去の呪縛を振り払うために結集してくる展開が燃える。

月の葬送

空魚の眼、鳥子の手、そして潤巳るなの声。三人の能力を使えば、裏世界に直接コンタクトすることが出来る。であれば、潤巳るなの声によって、閏間冴月を「呼べる」のではないか。

再三登場してくる閏間冴月は本人ではなく、その姿を使った「向こう側」からのアプローチ手法なのではないか。閏間冴月の存在が、空魚たちにとって有効であるから多用されているに過ぎないのでないか。閏間冴月をいかにして「殺す」もとい、「祓う」のか。空魚の立てた作戦は、召喚した閏間冴月を怖ろしいけれども無害な怪異「牛の首」に変換しようとするものだった。

ここで召喚技法として使われるのは、古式ゆかしい「こっくりさん」。空魚の「こっくりさん」をハッキングする手法がエグイ。さすがは野蛮人。空魚以外の三人は、それぞれに閏間冴月への強い想いがある。しかし、鳥子には空魚がいる。潤巳るなは母親を殺されている。既に閏間冴月を見限っても良い理由がある中で、小桜にはそこまで相手を拒絶する理由がない。この時点で、閏間冴月に対して、一番強い未練を残していたのは小桜であったかに思えるだけに訣別のセリフが哀しい(最後に小桜のポートレートがでてくるのも切ない)。

鳥子的には、今回、閏間冴月が空魚にちょっかいを出してきたこともあって、完全に思いが絶ち切れたみたい。今後の二人の関係の進展が気になるところだけど、「全員まとめて面倒見てあげる」宣言しちゃったので、この先はまさかのハーレムモノになったりするのだろうか。

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