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『いのちのパレード』恩田陸ならではの「奇想」を味わう第三短編集

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恩田陸、三冊目の短編集

2007年刊行作品。実業之日本社の小説誌「ジェイ・ノベル」に掲載されていた作品14編に、書き下ろし1編を加えて単行本化したもの。

『図書室の海』『朝日のようにさわやかに』に続く、恩田陸三作目の短編集である。

いのちのパレード

いのちのパレード

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実業之日本社文庫版は2010年に登場している。

いのちのパレード (実業之日本社文庫)

以下、各編ごとにコメントしていく。なお、この短編集は早川書房の異色作家短編シリーズに対してのオマージュ作品らしいのだが、浅学にしてそれらの作品群を読んでいないため、思いっきり的を外していてもご容赦を。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

ホラー、ミステリ、ファンタジー、いろいろなタイプの作品を少しずつ読んでみたい方。手軽に読める作品を探している方。恩田陸ならではの独特の世界観を楽しみたい方におススメ。

あらすじ

出発は深夜のみ。一度に20人までしか受け付けない奇妙なツアーの正体「観光旅行」。当たった者に恐るべき災いをもたらす「当籤者」。死を間近にした男が恩師に送る一通の手紙「あなたの善良なる教え子より」。永劫にも思える時間を走り続ける王国の物語「走り続けよ、ひとすじの煙となるまで」他、計15編を収録した短編集。

ここからネタバレ

「観光旅行」

「ジェイ・ノベル」2004年4月号掲載。閉鎖的な村が少人数だけ観光客を受け入れている。果たしてその秘密は。日夜巨大な手が生えてくるシュールな光景が楽しい。醸し出される不条理感がどことなく星新一っぽい。

「スペインの苔」

「ジェイ・ノベル」2004年7月号掲載。本書の中で一番エグイ話。幼い日に祖父から性的暴行を受けた女性の物語。スペインの苔とは何なのか。祖父の語った言葉が彼女の中で変容したものなのか、それともトラウマが無から作り出した妄想なのだろうか。

「蝶使いと春、そして夏」

「ジェイ・ノベル」2004年10月号掲載。死者を慰め弔う蝶使いと、彼に憧れる少年の物語。奇妙な民俗風習と哀切感漂う情景描写がいかにも恩田陸らしい。

「橋」

「ジェイ・ノベル」2005年1月号掲載。東と西に分かたれた世界。その狭間にある橋での一幕。会話主体のストーリー進行。日常的な会話の中から浮かび上がってくる、非日常の乖離感が印象的。

「虹と蛇」

「ジェイ・ノベル」2005年4月号掲載。とある姉妹の愛憎を巡る幻想譚。『木曜組曲』に登場した重松時子のデビュー作がこのタイトルだった筈。相関性はあるのだろうか。いかにも重松時子が書きそうなテイストの文章ではある。

「夕飯は七時」

「ジェイ・ノベル」2005年7月号掲載。知らない言葉を聞くと、そのイメージが実体化してしまう子供達のお話。思わぬものを呼び出してしまい、大人たちに知られまいと対応に苦慮する展開が微笑ましい。クシャミ一発で消えてしまうのも、昔のアニメみたいで面白い。

「隙間」

「ジェイ・ノベル」2005年10月号掲載。今回はホラーテイスト。病的なまでに隙間を怖れた男の悲劇を描く。これは、比較的ありそうな話。インパクト小。

「当籤者」

「ジェイ・ノベル」2006年1月号掲載。当選すると殺されてしまう世にも恐ろしいロト7。有効期間は二週間。当選してしまった男の狼狽と、思わぬ結末。これはいかにも短編らしい素材。

「かたつむり注意報」

「ジェイ・ノベル」2006年4月号掲載。タイトルのインパクトではこれが一番だろうか。人智を越えた存在に対しての憧憬。だがその情景を想像すると莫迦莫迦しくもなってくる。いくら官能的でもこういう死に方は勘弁して欲しいなあ。かたつむりへの愛があると、また違ったイメージで読めるのかもしれない。

「あなたの善良なる教え子より」

「ジェイ・ノベル」2006年7月号掲載。法で裁けない悪を断罪してきた男。刑を目前に控えた死刑囚が恩師に送る告白の手紙。先生のその後の判断が気にかかるところだが、いたって普通のお話。

「エンドマークまでご一緒に」

「ジェイ・ノベル」2006年10月号掲載。やっぱりミュージカルって絶対変だと思うんだよな。そこが職場だろうが、道ばただろうがいきなり歌っちゃうんだぜ。そんな一般人の違和感を思いっきり膨らまして、恩田陸的にアレンジするとこんな話になる。

「走り続けよ、ひとすじの煙となるまで」

「ジェイ・ノベル」2007年1月号掲載。周回する鉄路を走り続ける王国。奇妙な世界の年代記。『図書室の海』収録の「オデュッセイア」にどことなく近いイメージ。実は長編化の構想が……、って無いだろうな。

「SUGOROKU」

「ジェイ・ノベル」2007年4月号掲載。双六のコマは実際の人間で、村から集められてきた少女は、あがりの日を夢見て日々を過ごす。不条理な世界。奇妙なルール設定。どことなく『MAZE』に通じるものがある。

「いのちのパレード」

「ジェイ・ノベル」2007年7月号掲載。壮大にしてエスエフマインドに溢れた小品。表題作になるだけのことはある。いのちの円環から外れた「私たち」とはやっぱり私らのことなんだろうな。

「夜想曲」

唯一の書き下ろし作品。エスエフ的な状況設定よりも、「夜想」あるいは「物語の神」なるものについての一考察が興味深い。作家という人種はこうした霊感を受けながら作品を紡いでいるものなのだろうか。生者が誰もいないこの話が「いのちのパレード」の後に来るのも意味深長。

恩田陸ならではの「奇想」を味わう

とまあ、子供目線の話あり、ホラーあり、手紙形式あり、不思議な話ありと形態はさまざまだが、恩田陸ならではの「奇想」がこれでもかと詰め込まれたバラエティに富んだ短編集となっている。一行目から引き込まれる作品もあれば、最後まで乗り切れず眠りそうになってしまったお話も実はあったりして、正直全編オススメとは言い難い。やっぱり長編に較べると、短編は苦労して書いている気がするな。

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