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『ネクロポリス』恩田陸 聖地アナザーヒルでは死者と再会できる

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恩田陸最長クラスの大長編

2005年刊行作品。「小説トリッパー」の2001年冬季号から2005年春季号にかけて連載されていた作品を大幅に加筆修正の上で単行本化したもの。上下巻構成で総ページ数785ページは恩田作品中でも最長クラスの大ボリュームである。

ネクロポリス 上 ネクロポリス 下

恩田陸作品、特に単行本版の装丁は凝ったもの多いのだが、本書はその中で最強レベル。半透明のカバーを取ると表1部分にアナザーヒルの昼、表4部分にアナザーヒルの夜がカラーで描かれており、これは上下巻をつなげると続きの一枚絵になる趣向である。

更に表2見開きと表3見開き部分にもカラーイラストが配されている。ブックデザインを担当する人間はやりがいもあるだろうけど大変そうだ。もっとも見た目は綺麗である反面、表紙部分の強度が心許なく、うっかりすると折り曲げてしまいそうになるので少々不安。図書館配置分なんかはベコベコになってそうな気がする。

朝日文庫版は2009年に登場。さすがに単行本版ほど凝った装丁にはできなかったもよう。ただ、アナザーヒルの配置が単行本とは左右逆になっている。

ネクロポリス 上 (朝日文庫)  ネクロポリス 下 (朝日文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

日本とイギリスの文化がごった煮となった、不思議で魅力的な世界観を堪能したい方。特殊な状況下で進行するミステリ作品を読んでみたい方。似たような作品を挙げることが難しい、恩田陸「らしさ」をとことん味わい尽くしたい方におススメ。

あらすじ

聖地アナザーヒル。「ヒガン」と呼ばれる一定期間、そこでは懐かしき死者との再会を果たすことが出来る。ジュンイチロウ・イトウは縁者のつてを頼りこの地への立ち入りを許される。下界では連続殺人犯血塗れジャックが跳梁跋扈。事件解決のため被害者たちの出現が待ち望まれていた。しかしアナザーヒルでは新たな殺人死体が発見され、ジュンイチロウたちは混乱に巻き込まれていく……。

ここからネタバレ

奇妙な日英混淆、パラレルな世界

現実の世界とは少し違った歴史を辿ったパラレルな世界での物語。日本はイギリスの信託統治時代を経て独立していて、混血も進み、両国は密接なつながりを持ったまま現代に至っている。それ故にアナザーヒルの文化は奇妙な日英混淆を遂げている。

入口にはどーんと大鳥居が待ちかまえているし、ヒガンに備えるお稲荷さんは何故かプレーンオムレツだったりする。独特の民俗風習が面白い。ちょっとトンデモ混じりだったりもするけど、この奇抜な発想の数々は買いだ。

殺人事件が起きてから加速する物語

アナザーヒルに着くまではとっつきが悪くて読むのに三日もかけてしまった。カタカナ名前の多さも理由の一つだったかもしれない。ハナ、マリコ、リンデの区別がなかなかつかなくて往生した。が、いざアナザーヒル入りしてからはノンストップ。大鳥居に吊り下げられた死体。第二の殺人事件。初めての「お客さん」の登場。戦慄のガッチ(←これ秀逸!)。連載小説だけあって各章ごとのラストの引きが強いこと強いこと。

血塗れジャック事件に、失踪した叔父の謎、いくつかの事件が並行して描かれ、さらには黒婦人の失踪や、アナザーヒルそのものの変容とどんどん物語の風呂敷が広がっていくので恩田ファンとしては、果たしてこの話はまともな着地点を見出すことが出来るのかと非常に不安になっていくのだが、意外にもと書くと失礼だけど、物語はきっちりとした収束を遂げていく。

終盤に失速、それでも世界観は魅力的

とはいえ終盤のカタルシスに欠けるところは疵といえば疵。主人公、ラインマン、博士の三人で決死の思いでパーティ組んで出掛けたわりには待っていたのはかなり残念なオチ。恩田陸らしいと言えば、らしい展開ではあるのだが……。

読み手としてはとてつもなく怖ろしいものが出てくる覚悟でワクワクしながら待ちかまえていただけに、脳内に思い描いていた恐怖の残像の分だけ損した気分にさせられてしまった。欲を言えばキリがないのだが、アナザーヒルの世界観がとても魅力的であっただけにこれは惜しいかなと。この世界を使って別の話をいつか書いてくれることを期待したい。

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