2021年を代表するエスエフ作品
オリジナルの米国版は2021年5月の刊行で、原題は『Project Hail Mary』とそのまんま。邦訳版は同年12月に刊行されている。一年を経ずにリリースされるとは早川書房も仕事が早い!訳者は小野田和子(おのだかずこ)。カバーイラストは鷲尾直広(わしおなおひろ)が担当している。
作者のアンディ・ウィアー(Andy Weir)は1972年生まれのアメリカ人エスエフ作家。代表作は2015年刊行で、映画化もされた『火星の人』になるだろうか。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、第53回星雲賞で海外長編部門を受賞。早川書房による『SFが読みたい!』ベストSFランキング2022では、[海外篇]の第一位に輝いており、この年を代表するエスエフ作品となっている。
解説は翻訳家の山岸真(やまぎしまこと)が担当。このテキストは早川書房のサイトで公開されている。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
壮大なスケールで描かれる、いま話題の海外エスエフ作品を読んでみたい方。映画化される前に原作を読んでおきたい方。種族絶滅の危機に、いかに人類が立ち向かっていくのかが気になって仕方がない方におススメ!
あらすじ
ペトロヴァ問題と呼ばれる事象により、太陽エネルギーが指数関数的に減少している時代。このままではあと30年で人類は滅亡してしまう。追い詰められた人類が発動した、窮余の一策「プロジェクト・ヘイル・メアリー」はいかなる作戦なのか。
そして、宇宙船「ヘイル・メアリー」号で目覚めた男は記憶を失っていた。ここはどこなのか?自分は何故ここにいるのか?何を為すべきなのか?
ここからネタバレ
コテコテのハードエスエフだけど読みやすい
ペトロヴァ問題。太陽エネルギーの急激な減少には、宇宙空間を漂う謎の生命体アストロファージに原因があった。アストロファージは太陽の持つエネルギーを吸収してしまう。しかし、一方でアストロファージは莫大なエネルギーを蓄えることが出来る。このためアストロファージを用いた恒星間宇宙船の建造が可能となる。人類は光速に近い速度での移動が可能となったのだ。
調査の結果、宇宙の各地ではアストロファージが繁殖し、恒星エネルギーが減少している星系が多数発見される。しかしタウ・セチと呼ばれる星系でのみ、アストロファージの痕跡が見られるのに繁殖が確認できない。つまり、タウ・セチ星系に行けば、アストロファージを抑え込むヒントが見つかるのではないか?
ということで、恒星間宇宙船ヘイル・メアリー号を現地に送り込む一か八かのプロジェクトが発動されることになる。
アストロファージや、ペトロヴァ問題の種明かし。宇宙船ヘイル・メアリー号などの設定はコテコテのハードエスエフの世界である。難解な科学用語がこれでもかと登場するが、これらを完璧に理解する必要はない。なんとなく「人類滅亡の危機なんだなー」くらいの軽い気持ちでも、物語展開にはついていけるので安心して欲しい。
ダメ人間が人類を救う話
ちなみにタイトルにある「ヘイル・メアリー(Hail Mary)」は山岸真の解説によるとこんな意味。
ちなみにネーミングといえば、英語のヘイル・メアリー(Hail Mary)はラテン語のアヴェ・マリア(Ave Maria)にあたるが、アメリカンフットボールの試合終盤に、劣勢のチームが一発逆転を狙って投げる・神頼み・のロングパスを「ヘイル・メアリー(メリー)・パス」と呼ぶ。つまり、プロジェクト・ヘイル・メアリーというのは、「イチかバチか計画」といった意味。
本作の主人公ライランド・グレースは、異端の説を唱えて学会からつまはじきにされ、一線を退いて教師として働いていた人物。しかし太陽エネルギーが指数関数的に減少する人類滅亡の危機、ペトロヴァ問題が発生するにあたって、にわかに重要人物として抜擢され、否が応もなく事件に巻き込まれていく。
恵まれない研究者生活を送ってきたせいかグレースは自身への評価が低い。これほどの重大事態に陥っても、自らの価値にピンと来ていない。そしてグレースは世界を救えるかもしれない、唯一無二の能力を持ちながらも、自分の命を犠牲にしてまで人類に尽くそうとは思わない。
グレースを引き上げ、徹底的に酷使していくエヴァ・ストラットのキャラクターとのコントラストが面白い。グレースとストラットの間には恋愛感情的なものがいずれは芽生えるのかな?と思わせておいて、まったくそんなことにはならないという展開も笑えた。人類滅亡を回避するため、全権を担わされたストラットの手段を択ばない冷酷さも痺れる。
ファーストコンタクト×熱いバディモノ
そして『プロジェクト・ヘイル・メアリー』最大の魅力は、ファーストコンタクトものであり、激熱のバディものである点にある。
ファーストコンタクトものとは、エスエフ世界において、人類と異星の知性文明との初めての接触をテーマとした作品を指す。本作において、タウ・セチ星系に人類でただ一人到達することが出来たグレースは、こともあろうに同じ目的でこの地を訪れていた異星人エリディアンのロッキーに遭遇してしまうのだ。
人類滅亡の危機というだけでも半端ではないプレッシャーがかかる状況に加えて、異星人との遭遇。しかもこれらの超難問を誰にも相談できず、ただ一人で解決しなければならない主人公の不遇っぷりが実に衝撃的!ただ、一般人であれば心が折れてしまいそうな状況を、持ち前の知的好奇心とポジティブシンキングで、なんだかんだいいながら片っ端から問題を解決していく主人公が凄い。
エリディアンは地球よりも遥かに高圧、高温の世界で生きており、呼吸にはアンモニアを用いる。視力はなく異常に発達した聴覚でそれを補っている。人類とは構造もメンタリティも異なる。そもそも相手を信用できるのか?地球からはるか離れた隔絶した孤独の中、手探りでロッキーとの交流を図り、遂には友情を育んでいく展開がなかなかに熱い。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』では、劉慈欣の『三体』で示された「黒暗森林」的な思想とは対照的なファーストコンタクトが描かれる。このあたりはアンディ・ウィアーの性善説的な考え方が、ベースになっているのではないかと思う。終盤、タウメーバの漏出問題でヘイル・メアリー号が危機に陥ったのをロッキーが仕掛けた罠だと思っていた、心の汚れた自分を恥じたい……。
映画化決定!
なお『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は映画化が決まっている。
主演はライアン・ゴズリングで、監督はフィル・ロード&クリス・ミラーとのこと。エリディアンであるロッキーをどう描くのか?『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の世界観をビジュアルで再現してくれるのは楽しみだな。