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『プールの底に眠る』白河三兎 第42回メフィスト賞受賞作品は静謐な青春ミステリの佳品


白河三兎のデビュー作

2009年刊行作品。第42回のメフィスト賞を受賞。白河三兎(しらかわみと)のデビュー作だ。まずは講談社ノベルスからの登場。

講談社文庫版は2013年に刊行されている。表紙イラストはたえによるもの。解説は北上次郎。

プールの底に眠る (講談社文庫)

文庫版の刊行に際して、ノベルス版から大幅な加筆修正が施されている。ノベルス版では過去編と現在編を交互に繰り返しながら真相に迫っていくスタイルを取っていたが、文庫版では、過去編がすべて終わってから現代編に入る構成に改められている。かなり思い切ったアレンジといえる。

白河三兎は年齢、性別不詳の覆面作家。著者近影も公開されていない。今年でデビュー13年目となる。コンスタントに毎年1冊以上の著作を上梓しており、その作品数は十五作を数える。当ブログでは以前に2020年作品の『冬の朝、そっと担任を突き落とす』をご紹介している。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

恋愛要素強めの青春ミステリを読んでみたい方。携帯電話のない時代(1990年代)の物語を読んでみたい方。メフィスト賞系の作品に興味がある方。最初期の白河三兎作品を読んでみたい方におススメ。

あらすじ

1995年。高校時代最後の夏休みの最終日。「僕」は裏山で首にロープを巻いていた少女「セミ」を救う。「僕」の抱える過去の闇。そして「セミ」を追い詰めている人間関係。それぞれに辛い現実を生きてきた二人は惹かれあい、次第に心の距離は近づけていく。夏の終わりの7日間で、二人がたどり着いた場所はどこか。そして13年後の真実とは……。

ここからネタバレ

イルカとセミの物語

主人公の「イルカ」は高校三年生。幼いころに双子の弟を事故で亡くしている。しかも弟の死の瞬間を目撃している。自分は弟の死に、責任があるのではないか。死ぬべきは自分だったのではないか。自罰的で、幸福を求めることに躊躇してしまう。一見すると飄々と生きているように思える「イルカ」だが、その内面では常に重い十字架を背負って生きている。

一方でヒロインとなる「セミ」は中学一年生。街で一番の資産家一族の娘だが、凄惨ないじめに遭い学校には行っていない。「セミ」には、小学校時代に親友を目の前で失った過去があり、その辛さから、いつしか、もうひとりの自分を心の中に生み出していく。

「イルカ」と「セミ」は、いずれも親しい人物の死を過去に体験しており、強い後悔を抱えて生きている。

携帯電話のない時代のコミュニケーション

『プールの底に眠る』は2009年に刊行された作品だが、時代設定は1995年となっている。これには意味があって、おそらくは登場人物たちに、携帯電話でのコミュニケーションをさせないためではないかと思われる。1995年はPHS(もはや死語かもしれない)が登場した年で、この頃から次第に若年層にも、携帯電話が普及していくことになる。

携帯電話登場後の世代の方には想像もつかないかもしれないが、携帯電話がなかった時代、各家庭には固定電話が一台あるだけ。その一台を家族のだれもが使うことになる。話したい相手にかけたとしても、必ずしも意中の相手が電話に出るとは限らない。今考えてみると、これは結構高いハードルといえる。

外で待ち合わせをする際にも携帯電話がない時代は一苦労だった。事前に、厳密に待ち合わせの場所と時間を設定しなければ出会うことが出来ないのだ。

出先で急にトラブルが発生してしまって、相手に伝えたい場合はどうすればいいのか。そこで登場するのが駅の掲示板である。これもまた現在ではすっかり姿を消してしまったが、2000年代の初めころまではどの駅にも掲示板が設置されていて、ちょっとした伝言や連絡を書き込めるようになっていた。

ビジュアル的にはこんな感じ。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/09/Meitetsu_Kira_Yoshida_Station_Message_Board.jpg

伝言板 - Wikipediaより

本作ではこの駅の掲示板が重要な役割を果たす。今ではまったく見かけなくなってしまっただけに、当時を知る人間としてはとても懐かしく感じた。

プールの底の静かな世界。死への呪縛、そして解放

『プールの底に眠る』は静謐な世界で展開される物語だ。「イルカ」が経験した辛い過去や「セミ」の自殺未遂、由利の父親に関する意外な展開も作中では淡々と語られていく。これはどんな時でも激昂しない、他者と距離を置きたがる語り手「イルカ」の性質に依るところが大きい。

「イルカ」は弟である賢悟の死から、長い長い間ずっと「プールの底」にいたのだと思う。「プールの底」は外界からの刺激が受けにくいとても静かな場所だ。そこで「イルカ」は自分を閉じ込め、他者との交わりを絶ち、幸福になることを自戒する。

「イルカ」が「プールの底」から出るには、更に長い年月を要した。

先天的には心がない。それが僕の出した答えだ。環境が心を創るんだ。

『プールの底に眠る』p206より

これは「イルカ」が「セミ」に向かって告げた言葉だ。13年の歳月を経てこの言葉が「イルカ」本人にも還ってきたのではないだろうか。死者に囚われ、前を向けないでいた「イルカ」に心が創られた。これはラストシーンのこの一文からも明らかだ。

セミが言った通り、多くの星はもう死んでいる。でも中にはまだ生きている星もあるのだ。今の僕には生きている星をはっきりと見ることが出来る。

『プールの底に眠る』p330より

過去に呪縛され、死者ばかりが見えていた「イルカ」に、生きている星が見えるようになった。「プールの底」での「イルカ」の長い眠りが終わったのだ。

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