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『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

『冬の朝、そっと担任を突き落とす』白河三兎 暴走する正義感と教室の贖罪

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白河三兎が描く学園ミステリ

2021年刊行作品。筆者の白河三兎(しらかわみと)は2009年の『プールの底に眠る』で第42回メフィスト賞を受賞して作家デビューを果たしている。詳細なプロフィールは公開されていない。

冬の朝、そっと担任を突き落とす (新潮文庫)

表紙イラストはカオミンが担当。開け放たれた窓を背に立つ、二人の女子高生。ビジュアル的に、左が中西美紀(なかにしみき)、右が田嶋春(たじまはる/タージ)ではないかと思われる。風で舞い上がるカーテンと飛び交う白い羽が実に印象的で、インパクトの強い表紙絵となっている。これは手に取りたくなる良イラストだと思う。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

カバーの絵を見てピンと来た方。学校、教室を舞台にしたミステリ、群像劇を読んでみたい方。個性的な女性キャラクターが活躍する物語を読みたい方。人間の罪と罰。贖罪について考えてみたい方におススメ。

あらすじ

担任教師が死んだ。校舎からの投身自殺だった。学校側はその真相をひた隠しにするが、クラスの誰もがその原因を知っている。暴走する正義感。絶対悪を罰したいと考える潔癖性。不穏な平衡状態にあった教室が、ひとりの転校生の登場によって揺らぎ始める。事件の真相はどこにあるのか。

ココからネタバレ

人間を罪に導く7つの大罪

本作のサブタイトルはカトリック教会用語の「七つの大罪」に由来する。「七つの大罪」の意味を、Wikipedia先生から引用するとこんな感じ。

七つの大罪(ななつのたいざい、ラテン語: septem peccata mortalia、英: seven deadly sins)は、キリスト教の西方教会、おもにカトリック教会における用語。ラテン語や英語での意味は「七つの死に至る罪」だが、罪そのものというより、人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指すもので、日本のカトリック教会では七つの罪源(ななつのざいげん)と訳している。

七つの大罪 - Wikipediaより

人間を罪に導く7つの大罪は、本作では以下の人物に割り当てられている。

  • 怠惰(sloth) 菅沼勇太(すがぬまゆうた)
  • 暴食(gluttony) 渋野晋吾(しぶのしんご)
  • 傲慢(pride) 中西美紀(なかにしみき)
  • 憤怒(wrath) 小野田すず(おのだすず)
  • 強欲 (greed) 今平智恵(いまひらちえ)

嫉妬、色欲は、サブタイトルとしては扱われていないが、内容的に考えて以下の二人が該当するものと思われる。

  • 嫉妬(envy) 堀まりあ(ほりまりあ)
  • 色欲(lust) 穴井直人(あないなおと)

「正義」で殴るのは楽しいか

担任教師の穴井直人は、教え子の堀まりあに手を出したことがバレてしまい、パッシングを受けて自殺に追い込まれる。

理系特進クラスの生徒たちは難しいキャラクターの人物が多い。しかし、公平で誠実な人柄で穴井は彼らからの信頼を得ていた。なまじ慕われていた分、裏切られたと感じた生徒たちの怒りは大きい。高校生ならではの潔癖性。しかも暴走した集団意識は、穴井を死に追いやる。

安全な場所から、反論の出来ない相手を叩くのは快感を伴う行為である。自分は間違っていない。正義を行使している。どう考えても相手が悪い。

そんな生徒たちの熱狂に冷水をぶっかけるのが、転校生の中西美紀なのである。

連鎖する贖罪意識

中西美紀のキャラクターは強烈である。全く空気を読まない。人見知りもしない。強烈な正義感を持っている。怖いもの知らずの彼女は、クラスの暗部とも言うべき、穴井の死にずかずかと踏み込んでいく。

いかにもイジメのターゲットになりそうなキャラクター属性だが、中西美紀の並外れた潔癖性がクラスの空気を換えていく。本当に穴井直人は死んでも仕方ない人物であったのか。穴井を叩いた我々は、果たしてそれで良かったのか。穴井を死に追いやった我々は罰せられるべきではないのか。

暴走していたクラスの正義感を、更に強い正義でぶん殴る。ここから教室の空気感が変わっていく。

田嶋春の誕生物語

物語の前半パートを力強く牽引した中西美紀は、驚くべきことに作品の中盤で姿を消してしまう。これはかなり思い切った処理だ。中西美紀視点で物語に牽引されていた読み手は少なからず戸惑いを覚えたはずである。

ここで覚醒を果たすのが、もうひとりの主人公とも言うべき、田嶋春(田嶋春月)である。田嶋春は中西美紀以上に空気を読まない。好奇心の赴くままに行動し、正論をぶつけまくる。中西美紀によって生まれた、教室の贖罪意識は、田嶋春によって明確な方向性を与えられることになる。

主人公を二人立てたのは、正直なところ読む側としては戸惑いの部分の方が大きく、バランスや、一貫性を考えるのであれば、単独の主人公に据えた方が良かったように思える。ここは好き嫌いの別れるところだろうか。

教室の贖罪

最終章、クラスのメンバーたちは「翼をください」を歌い穴井を追悼。そして真相を暴露する映像を上映した。彼らは穴井を「みんなで殺した」意識を背負い生きていく。

しかし彼らは純粋な反省の気持ちから贖罪を行ったというよりは、中西美紀、田嶋春の生み出した「新しい正義」の空気に流されたようにしか思えないのである。集団意識の暴走するままに穴井を殺し、今度は、集団意識に流されるままに穴井を悼む。

彼らの感情は身勝手な自己憐憫なのではないか。自分で自分を罰することで、罪の意識を少しでも和らげたいと思っているのではないだろうか。

などと、彼らを否定的な目線で見つめてしまう、わたしたち読者の中にも当然「正義でぶん殴りたい」気持ちは潜んでいる。そんな「正義感」の気持ち悪さを本作は教えてくれるように感じるのだ。

冬の朝、そっと担任を突き落とす (新潮文庫)

冬の朝、そっと担任を突き落とす (新潮文庫)

  • 作者:白河 三兎
  • 発売日: 2020/12/23
  • メディア: 文庫
 

なお、本作の登場人物の一人である、田嶋春については、本作よりも前に書かれた、『田嶋春にはなりたくない』が存在する。作中の時系列では『田嶋春にはなりたくない』の方が後になるのだが、気になる方はこちらもチェックしておくべきかと思われる。

田嶋春にはなりたくない (新潮文庫nex)

田嶋春にはなりたくない (新潮文庫nex)

 

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