SFジュブナイルの佳品が完全版で帰って来た
2017年刊行作品。もともとは小説投稿サイト「カクヨム」に掲載されていた作品を、改稿のうえで文庫化したもの。KADOKAWA系列のライトノベルレーベル、富士見L文庫からの発売だった。表紙および扉絵のイラストはアニメーターの吉田健一(よしだけんいち)によるもの。
作者の七瀬夏扉(ななせなつひ)は本作がデビュー作。東京都出身。
富士見L文庫版では編集者側とあまりうまくいっていなかったようで。アニメ化の話もあったけど実現はしなかった模様。2019年の作者発言からちょっとした炎上事件になった。
しかしながら作品としては評価されていたのであろう。その後、2021年に主婦の友インフォス(現イマジカインフォス)より、再書籍化された。しかも、ソフトカバーの上下巻構成にパワーアップしている。
本作は、もともとの「カクヨム」版では全三部作であったが、富士見L文庫版では第一部のみが取り扱われていた。これに対して主婦の友インフォス版は、残りの第二部、第三部も含めた完全版としての刊行となっている。
表紙イラストは、イラストレータのまごつきによるもの。
ダ・ヴィンチWebの紹介記事はこちら。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
ボーイミーツガール系のお話が好きな方。宇宙飛行士モノ、ロケットモノ、月面開発系のお話に興味がある方。「Fly Me to the Moon」「It’s Only Paper Moon」「Star Crossed Lovers」などの楽曲がお好きな方におススメ!
あらすじ
「今日から、あなたは私のスプートニクになるの」。少年の日の少女との出会いが彼の運命を変えた。宇宙に行きたいと願う少女ユーリアだったが、成長するにつれて、その願望の達成が果てしなく困難であることに気付く。ユーリヤを一人にしない。僕がユーリヤを月に連れていく。そう決心した僕は、人生のすべてをかけて困難に挑もうとするのだが……。
ここからネタバレ
富士見L文庫版と主婦の友インフォス版の違い
主婦の友インフォス版のTrack3『It's Only a Paper Moon』までが、富士見L文庫版の内容とほぼイコール。特に大きな変更はない。ここまでが第一部。物語の核となる、僕とユーリヤの馴れ初めと、二人の関係の帰結までが描かれる。
主婦の友インフォス版では、続いてinterlude『My Favorite Things』が入るが、これは第一部のエピローグ的なお話。そしてセカンドヒロインであるソーネチカが登場する第二部。更に、驚愕の展開を見せる第三部へと続いていく。
以下、各部ごとにコメント。
It’s Only Paper Moon
第一部では僕とユーリヤの出会いと成長、別離、そして再会までが描かれる。子ども時代の出会いの日に「今日から、あなたは私のスプートニクになるの」と、一方的に主人公を自らの従属物扱いしてのけた勝気な少女。スプートニクとはロシア語で衛星のこと。ソヴィエト初期の人工衛星の名だ。一方でソユーズはソヴィエトの宇宙船の名前。そんなユーリヤの夢は宇宙に行くことだった。しかし、彼女には持病があり宇宙に上がることは出来ない。
夢を絶たれたユーリヤと、その夢を引き継ごうとする僕。宇宙には行けないが、軌道エレベータの技術者となり画期的な成果を残すユーリヤ。様々な困難を乗り越えて、月へ行く宇宙飛行士に選ばれるまでになった主人公。紙の月だって信じていれば本物の月になれる。信じ続けていれば本当になる。この章のテーマソングとも言える「It’s Only Paper Moon」と絡めた終盤のストーリー展開が美しい。
Some day my prince will come
こんなに綺麗に終わっているのに続きがあるの?富士見L文庫版の締めには、それほど違和感がなく、これほど完璧な終わり方をしておいて、この話に続きが書けるのだろうか?と思いながら読み進めていたところ、強烈なオーラを放つ第二のヒロインソーネチカが登場する。
ソーネチカは人類で初めての月で生まれた子ども。月の重力下で生まれたソーネチカは、地球の重力に耐えられない。そのため、地球からやってきた宇宙飛行士がいつかは、地球へ帰っていく中で、ソーネチカだけは常にただひとり月に取り残される。
第二部はソーネチカの存在を通して、月面世界発展の歴史を綴る。次第に増えていく月の子どもたち。そして地球世界との温度差。主人公とソーネチカの年齢差は30歳くらい?赤ちゃん時代を知っている異性に恋愛感情を抱けるのか?なんとも難しいところ。ソーネチカは魅力的なキャラクターだけど、ユーリヤの存在があるだけに読み手としても微妙な気持ちになってくる。
Star Crossed Lovers
さて問題の第三部だ。未知の知的生命体からのメッセージを人類は受信する。しかし解読された内容はあまりに意外なものだった。
ハロー、スプートニク
you copy?
それは主人公とユーリヤでしか知りえないメッセージ。え、どうなってるの?というところから、この物語は超展開へと突入していく。「あなたは必ず、私のもとにたどり着くわ」。ユーリアのこの言葉に導かれ、主人公はこれまでの人生を再びやり直す。
ユーリヤが宇宙に上がれる未来は選択できなかったのか?過去改変を繰り返し、ただ一本の細い道を模索していく主人公。その過程で、かけがえのない筈だった美しい思い出も、何度も体験することで汚されていく。なんと第三部では時間遡行者の苦悩が描かれていくのだ。そして大ラスでは『三体』レベルの大仕掛けが待っている。
ユーリアが宇宙に上がれた世界線があったことに安堵した。ただ、二人が共に宇宙に在ることができるのは、限りない繰り返しを経た果てのこの瞬間のみ。出会い、別れ続ける 永遠と一瞬の恋人。この美しも切ない締め方が素晴らしい。ツッコミどころは多々あれど、再書籍化されるだけの力を持った物語であると感じた。そろそろ再文庫化して、もっと多くの方に読んで欲しいところ。
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