少女小説作家って怖ろしい?
1983年の11月に刊行された作品。氷室冴子の作品としては13冊目。ちなみに『シンデレラ迷宮』と『シンデレラミステリー』の間に刊行された作品である。
表紙及び、本文中のイラストは『ざ・ちぇんじ! 』に引き続き、峯村良子が担当している。
なお、これまで刊行順に氷室冴子作品を紹介してきた。順番から言うと本当は『シンデレラ迷宮』の感想を書く予定であったのだが、この作品は読んで感想を書くのにそれなりに覚悟を必要とする作品である。もう少し気力が溜まったら挑戦する予定なので、少々お待ちを。
ちなみに本作は、「わたし、定時で帰ります。」で知られる、作家朱野帰子(あけのかえるこ)のこちらのツィートが800RP超え、3500イイね、インプレッション数17.7万と軽くバズった。これでもっと多くの人に読まれるといいなあ。
いまをときめく作家さんたちに「おもしろいから!小説家小説書くなら読め!」といわれてなんとか入手した氷室冴子の『少女小説家は死なない!」がほんとにおもしろくてこのままだと眠れない勢い。これがコバルト小説かあ………!!!! pic.twitter.com/FCzV5zsG7b
— 朱野帰子 (@kaerukoakeno) September 9, 2024
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
ゲラゲラ笑えるコメディタッチの小説を楽しみたい方。1980年代の少女小説界の雰囲気を体験してみたい方。強烈なキャラクターにヒロインが振り回される、巻き込まれ系の作品を読んでみたい方におススメ。
あらすじ
女子大生、朝倉米子は苦悩していた。ただ一度ファンレターを送ってしまったばっかりに、売れない少女小説作家火村彩子が自宅に押しかけ、居候になってしまったのだ。彩子の小説は書けども書けども不採用。逆上した彩子は、ライバルの若手作家たちを蹴落とせば自分が世に出られると確信。不毛な妨害工作を開始する。争いに巻き込まれた米子は、世にも怖ろしい少女小説作家たちの本性を垣間見ることになる。
ココからネタバレ
彩子先生のキャラクターが濃すぎる
傍若無人、礼儀知らず、根拠のない自信に溢れ、目的のためであれば手段を選ばない。本作に登場する、売れない少女小説作家、火村彩子(ひむらさいこ)のパーソナリティはあまりに強烈である。氷室冴子作品的には、『クララ白書』のマッキーこと紺野蒔子。『雑居時代』の倉橋数子の系譜に位置づけられる、天上天下唯我独尊系のキャラクターである。
火村彩子のネーミングは、もちろん作者氷室冴子の名前のもじりである。実際の氷室冴子の性格が、火村彩子のようなハチャメチャ系であったかは知る由もないが、これだけ破天荒なキャラクターであるだけに、間違っても他の作家を想起させるような名前にはできなかったのではないだろうか。
少女小説作家たちの個性も濃い
『少女小説家は死なない!』では、限られた連載枠を巡って、売れない少女小説家たちが不毛なバトルを繰り広げる。いずれのキャラクターも明らかに一般人の範疇を軽やかに踏み越えており、あまり近くには居てほしくないタイプばかりである。
ここで火村彩子を含めた、登場する五人の作家たちと、その得意ジャンルを紹介しておこう。
- 火村彩子(ひむらさいこ) ファンタジー小説
- 富士奈見子(ふじなみこ) 美少年が登場する耽美系小説
- 津川久緒(つがわひさお) 清純小説。女子校や寄宿舎などを舞台とした百合モノ
- 関根由子(せきねゆうこ) ジュニア・ハーレクイン小説
- 都エリ(みやこえり) ルンルンポルノ(ジュブナイルポルノ)
今ではどのジャンルも馴染みのある内容だが、おそらく本作が書かれた当時はそれほど市民権を得ていなかったのではないかと思われる。本作では、氷室冴子による、それぞれのジャンルの文体模写がひととおり提示されており、これが絶妙に面白いのである。
少女小説冬の時代
この物語の舞台となるのは1970年代後半~1980年代前半あたりだろうか?いわゆる少女小説ブームが起きる前。少女小説冬の時代が描かれている。作中に登場する集学社の『月刊Jr.ノベルス』は、1966年に創刊された、集英社のジュニア向け小説誌『月刊小説ジュニア』(のちの雑誌『コバルト』の前身)がモデルとなっている。
1970年代は少女マンガが大きく勢力を伸ばした時期である。驚異的に部数を伸ばしていく少女マンガ誌とは対照的に、ジュニア向け小説は苦しい時代が続く。ライトノベルなどという言葉が出来る遥か前、ジュニア向け小説はとにかく売れない時代があったのだ。
編集部員たちは大手出版社の中にあって、お荷物的存在とされ。ここに配属されることは左遷と同義。作中ではかなりコミカルに描かれてはいるが、それなりに事実に基づく描写なのではないかと思われる。
不本意な"少女小説"の再定義
"少女小説"という言葉は戦前から存在しており、遡れば明治時代にまで由来を求めることが出来る由緒正しき用語?である。ただ、その本質は時代と共に変遷を続けている。
大正から昭和初期にかけてピークを迎えた少女小説はその後、長い低迷期に入る。先ほども書いたが、集英社の『小説ジュニア』も創刊当初はなかなか結果が出せなかった。
潮目が変わってきたのは氷室冴子や新井素子らがデビューした、1980年代前半頃からである。「売れる」少女小説が出てきたことが大きい。
ここで期せずして、氷室冴子が『少女小説家は死なない!』を書いたことで、”少女小説”や”少女小説家”という言葉に再び注目が集まるようになった。各出版社がこれらの用語を前面に押し出してプロモーションをかけたこともあり、それが1980年代後半の少女小説ブームにも繋がっていくのである。
しかしながら1980年代に再定義された”少女小説”は、少女による一人称視点による口語小説という面ばかりがクローズアップされており、この点、氷室冴子的には相当に不満であったようだ。
1993年刊行の徳間書店『氷室冴子読本』では、氷室冴子自身による自作紹介文が掲載されているのだが、『少女小説家は死なない!』ではこんなことが書いてある。
この本はある時期、恨み骨髄でした。そもそもはこの小説のタイトルから、”少女小説””少女小説家”というのが出版社経由でリニューアルされてマスコミ露出していったわけで罪は深い。
徳間書店『氷室冴子読本』p198より
『少女小説家は死なない!』は、氷室冴子作品の中では傍流の存在で、その後再刊も、電子書籍化もされていない不遇なタイトルである。しかしながら、少女小説冬の時代を描きつつ、その後の少女小説ブームに繋がっていった点を考えると、歴史的に重要な作品な作品の一つであったと言える(作者本人は不本意だと思うが)。
原稿が全て手書きであったり、携帯もスマホもなかったりと、描写的に古さはどうしても感じてしまうが、単純にコメディ小説として読んでみても十分楽しめる一作である。もう少し再評価されても良いのではと思うのだが、いかがであろうか。
外伝作品もある
なお、本作には番外編となる「少女小説家を殺せ!1」と「少女小説家を殺せ!2」が存在する。雑誌「Cobalt」の掲載作品で、長らく読むことができなかったが、2012年刊行の『月の輝く夜に/ざ・ちぇんじ』に収録され、現在でも読むことができるようになった。感想を書いているので気になる方はこちらも要チェックである。
コミカライズ版もある!
本作には、コミカライズ版が存在する。刊行は1994年。作画は、にしざわみゆきが担当しており、全二巻。峯村良子のイラストとはかなりタッチが異なるが、90年代風の絵柄と捉えることもできる。こちらについてもいずれ入手して読んでみるつもり。
氷室冴子関連作品の感想はこちらから
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