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『ブッチャー・ボーイ』パトリック・マッケイブ むき出しの蔑視と悪意、絶望の中を堕ちていく


パトリック・マッケイブの出世作

2022年刊行作品。オリジナル版は1992年に刊行されており原題は『The Butcher Boy』。作者のパトリック・マッケイブ(Patrick McCabe)は1955年生まれのアイルランド人作家。『ブッチャー・ボーイ』が四作目。

ブッチャー・ボーイ

本作はイギリスの文学賞であるブッカー賞の候補となり、各国語で翻訳され話題となった。1997年には映画化もなされている(後述)。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

少年の一人称で書かれたドライブ感のある作品に、思いっきりぶん殴られてみたい方。行間からに染み出してくる哀しみ、痛みに打ちのめされたい方。1960年代のアイルランドを舞台とした小説作品を読んでみたい方。差別や偏見、蔑視について考えてみたい方におススメ!

あらすじ

アイルランドの田舎町に住む少年フランシー。飲んだくれで人でなしの父親と、精神的に不安定な母親。貧困家庭に生まれ、偏見と差別の中で育つフランシーだったが、それでも親友のジョーと楽しい毎日を過ごしていた。しかしイギリス帰りのニュージェント家が引っ越してきたことから、その生活には変化が訪れる。度重なる不幸な出来事から、転落しはじめる少年の日々を綴る。

ここからネタバレ

最初の邦訳版はお蔵入りに

本作は映画版の日本公開にあわせて、1998年に邦訳版が刊行される予定となっていた。翻訳者は矢口誠(今回と同じ)。翻訳の作業は完了していたようなのだが、

しかし、日本での劇場公開が諸般の事情で中止となったため、すでに翻訳は完成していたにもかかわらず、原作の発売も取りやめとなってしまった

『ブッチャー・ボーイ』p344訳者あとがきより

なんと「諸般の事情」により発売がお蔵入りとなってしまったのだ。訳者は具体的な言及を避けているが、これは1997年に起きた神戸の事件が影響しているものと思われる。『ブッチャー・ボーイ』は少年による残虐な殺人事件を描いた作品でもあり、神戸の事件と重なる部分が多分に存在すると判断されたのだろう。

この度、四半世紀の歳月を経て、ふたたび邦訳版が企画されたとのこと。同じ訳者で世に出るとはなんとも感慨深い。

「信頼できない語り手」フランシー

本作は全編、主人公であるフランシーの一人称で書かれている。この物語では会話文で「」をいっさい使用しない。思念の奔流とも言える、フランシーのとめどとない語り、思考、感情が猛烈な勢いで書き綴られていく。会話文なのか、情景描写なのか、それともフランシーの内面描写なのか。読み始めは戸惑うのだが、そのあたりは訳者が上手いのであろう、次第にフランシー独自の語りに読者は有無を言わさず引き込まれていく。

ここで注意しなくてはいけないのは、語り手であるフランシーは「信頼できない語り手」であること。少年フランシーの精神は不安定で、十分な教育を与えられておらず、おそらく現代の基準で考えればなんらかの診断が下されるであろう疾患すら負っているように思われる。本作で書かれていることは現実なのか、それともフランシーの妄想なのか。読む側には注意深くそれを切り分ける能力が求められるのだ。

1960年代のアイルランドの情景

本作の舞台となるのは1960年代のアイルランドの田舎町だ。この物語では、当時のアイルランドの倫理観や価値観が容赦なく描かれていく。貧困や特定の職業に対する蔑視、偏見がオブラートに包まれることもなく、生々しい悪意と共に描かれる。

蔑視や偏見は、現代でももちろん存在するものだが、ふつうの人間はそれを軽々しく表には出さないだろう。しかし、この時代のアイルランドはそうではない。蔑視や偏見は抱いて当然のものであり、誰もが何のためらいも、良心の呵責を感じることもない。おそらくは蔑視や偏見だとすら捉えていないのだ。

フランシーは極度の貧困家庭に生まれ、問題のある両親のもとで育ち、肉屋(ブッチャー)で働くことになる。教育の場から落ちこぼれたフランシーを誰も助けてくれないし、送致された矯正施設では性的虐待が待っている。誰も彼を助けてくれないし、誰も認めてくれない。むしろ搾取さえされてしまう。

フランシーは、周囲の人間から疎まれ、蔑まれるのだが、彼自身がそれを当然だと受け止めている。既に自分で自分を見限り、諦めているのである。ハイテンションでドライブ感のあるフランシーの語りからは、自身をとりまく世界への諦観が滲み出ていて、暗澹とした気持ちにさせられるのだ。

映画版は銀熊賞を受賞

日本では上映されなかった映画版だが、1998年の第48回ベルリン国際映画祭では銀熊賞を受賞している。監督はニール・ジョーダン。字幕版になるが日本でもVHS(懐かしい)版は販売されていたもよう。

ブッチャー・ボーイ【字幕版】 [VHS]

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