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『あの図書館の彼女たち』ジャネット・スケスリン・チャールズ 戦時の図書館で働いた女性たちの物語

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ジャネット・スケスリン・チャールズの大ヒット作

本日ご紹介する『あの図書館の彼女たち』は、2022年刊行作品。訳者は髙山祥子。オリジナルの米国版は2020年刊行で、原題は『The Paris Library』。

作者のジャネット・スケスリン・チャールズ(Janet Skeslien Charles)は1971年生まれのアメリカ人作家。デビュー作は2009年の『Moonlight in Odessa』(邦訳版なし)。アメリカ出身だが、パリのアメリカ図書館での勤務歴があり、本作にはその経験が活かされている。全米で大ヒットとなり、35か国での翻訳が決定している。

あの図書館の彼女たち

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

本が好き、物語を愛してやまない方。図書館の業務、司書の仕事が気になる方。第二次世界大戦時代のパリを舞台とした物語を読んでみたい方。女性同士の友情、シスターフッド的な側面を描いた作品に興味のある方におススメ!

あらすじ

1939年のパリ。念願の図書館司書となった20歳のオディールだったが、日に日に色濃くなっていく戦争の影に脅かされる。やがて戦争がはじまると、オディールらは、戦地や入院する兵士たちに本を届ける業務に取り組み始める。

そして1983年のアメリカ、モンタナ州フロイド。12歳の少女リリーは、周囲との交流を避け、孤独に暮らす老婦人マダム・オディールに興味を持ち、次第に心を通じあわせていく。”戦争花嫁”としてアメリカにやってきたオディール。その過去に秘められた暗い記憶を、やがてリリーは知ることになる。

パリにアメリカの図書館がある

本作の舞台となる「The American Library in Paris」は実在する図書館だ。パリにアメリカが作った図書館があるのだ。Googleのストリートビューで見てみるとこんな感じ。パリのジェネラル・カム―通り沿い。左手に見えるのはエッフェル塔。

パリのアメリカ図書館の歴史はこちらから。こちらのページを読む限り、1920年にアメリカ図書館協会の支援のもとで設立され、2020年で創立100周年を迎えている。

戦地に本を届ける「The Library War Service」も実際に行われていたサービス。

冒頭にも書いたが、作者のジャネット・スケスリン・チャールズは、この図書館での勤務経験があり、そこで第二次世界大戦当時の活動を知ったようだ。

ここからネタバレ

平時が戦時に塗りつぶされていく

『あの図書館の彼女たち』は、平穏な日常が、次第に戦時の非日常に塗りつぶされていく物語だ。天職と信じた念願の職場で働き、仲の良い友人と遊びにでかけ、愛した異性と結ばれる。そんな人間にとってあたりまえの日常が壊されていく物語だ。

児童書担当司書のビッツィは、主人公オディールの双子の兄、レミーと恋仲になる。やがてレミーは軍に志願し、それを黙っていたビッツィをオディールは憎むようになる。その後ドイツ軍の捕虜となったレミーを巡って、オディールとビッツィの間にはさまざまな事件が起こる。

在仏イギリス人外交官の妻で、図書館でボランティアをすることになったマーガレットはオディールの親友だった。しかし夫に去られ、不安定な日々を過ごす中でマーガレットはドイツ人士官の囲われものとなる。多くの人々が自由を制限された貧しい暮らしを強いられる中で、豊かな暮らしを謳歌するマーガレット。

平和な時代であれば、ちょっとした行き違い、すぐに仲直りできるようなことでも、戦時ではそれが許されない。オディールはビッツィとの関係は修復することが出来たが、マーガレットに対しては取り返しのつかない過ちを犯してしまう。

オディールの罪と罰

本作の主人公であるオディールは、本がとにかく大好き。なんでもデューイ十進分類法で考えてしまうくらいの重度のビブリオフィリアだ。根は善良で、愛すべきキャラクターのオディールなのだが、物語の中では彼女は数々の失敗をする。

うら若き女性であるオディールは、自らの恋心に対しても正直だ。警察官である父の部下、ポールとの関係に次第にオディールはのめりこんでいく。逢瀬を楽しむために、ポールが見つけた住人の居ないアパルトマン。状態の良い部屋がどうして無人のままで空いているのか。何故それをポールが知っていたのか。

ドイツ軍占領下で、パリの警察官に課せられていた業務のひとつにユダヤ人の検挙がある。オディールとポールが二人の時間を過ごしていたアパルトマンは、摘発されたユダヤ人の住居だった。

そして連合国によってパリが解放されると、ふとしたことから、オディールはマーガレットの秘密をポールに喋ってしまう。ドイツ人と寝た女。ポールとその同僚らに凄惨な暴行を受けたマーガレットは、オディールに呪いの言葉を吐き、絶交を宣言する。

物語の前半は、どちらかというと牧歌的。本を読む歓び、本を愛する人々との交流の楽しさを描いていた作品だけに、終盤の暗澹たる展開が胸に迫る。自分がどれだけ恵まれた環境に居たか。どれほど醜い感情に突き動かされて、取り返しのつかない結果を招いてしまったか。それに気づいた時のオディールの決断が重い。

歳月を超えて

『あの図書館の彼女たち』では、1939年~1944年、20代のオディールを描いたパリ編と、1983年~1989年、60代のオディールを描いたアメリカ編が交互に展開されていく。アメリカ編は、オディールの隣人であった少女リリーの視点で描かれる。

病気で母親を亡くしたリリー。父親は一年も経たないうちに、若い後妻を家に入れる。生まれたばかりの弟たちの世話に追われ、義母との関係もぎくしゃくとしている。オディールの存在は、追い詰められたリリーの精神的なよりどころになっていく。

異郷の地であるアメリカで孤独な生を送っていたオディールにとっても、リリーの存在は大きな慰めとなっていく。「人生がわたしにエピローグを用意してくれたようだった」このオディールの想いが切ない。

どうしてオディールはアメリカにやってきたのか。フランスに残してきた人々との関係はどうなったのか。次第に明らかになっていくオディールの過去。かつての自分の姿をリリーに重ね、オディールは積年の想いを告白していく。40年前に犯した罪をいかにしてオディールは償ってきたのか。

本作を最後まで読み終えたら、もう一度最初に戻って、見返しをめくった裏、扉の部分を見て欲しい。帽子の大きなつばで顔の隠れた白い服の女性がそこに見えるはずだ。なんとも心憎い仕掛けである。これ、原著でもこうなっているのかな?

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