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『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー 善い者として火を運ぶということ

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2007年のピューリッツァー賞受賞作

オリジナルの米国版は2006年刊行で原題は『The Road』とそのまんま。

邦訳版は2008年に単行本版が早川書房から刊行されている。訳は黒原敏行(くろはらとしゆき)。

ハヤカワepi文庫版が2010年に登場している。当初は下記のような真っ黒の表紙だったのだが……。

いつの間にかこちらの、単行本版のイラストを使った書影に変わっていた。何故だろうか?

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

作者のコーマック・マッカーシー(Cormac McCarthy)は1933年生まれのアメリカ人作家。本作で、2007年にピューリッツァー賞のフィクション部門を受賞している。

ハヤカワepi文庫版は、かつてのハヤカワ文庫NVの後継とも言える、文庫内レーベル。奥付の記載によれば、

ハヤカワepi文庫版は、すぐれた文芸の発信源(epicentre)です。

とあり、epiは「epicentre」の意。海外の文学作品を中心としたラインナップを誇る。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

終末モノ、特に殺伐とした残酷な世界観がお好きな方。グロ描写がたくさんあってもめげない方。人類の尊厳とはいかにして守られるべきか、そして父と子の絆について考えてみたい方。ロードムービー系の作品がお好きな方におススメ!

あらすじ

降り積もる白い灰。太陽は分厚い雲に覆われ、気温は下がり続ける。人類の大多数が死滅し、文明が崩壊した世界。人心は荒廃し、暴力がすべてを支配する。残された人々は、僅かな食糧を求めて凄惨な争奪戦を繰り広げる。生き残るために、ただひたすらに南への道を歩き続ける、ひと組の父子。彼らが旅の最後に見たものとは……。

ここからネタバレ

終末の世界を描く

舞台はかつてのアメリカ大陸(と思われる)。時代設定は近未来。おそらくは大国同士の核戦争の結果として、国家が崩壊。人類のほとんどが死滅している。人類以外の動植物にも深刻な影響が出ており、この世界では家畜も生きられず、作物も育たないようだ。食べるものが生産できないのだから、僅かに生き残った人類は、もはや共存することが出来ない。

既存の食糧を食べ尽くした後に、何が始まるかは自明である。強者は弱者を奴隷として扱い。家畜化し、それを喰らう。人が人を喰う世界は地獄だ。コーマック・マッカーシーの描く、終末の世界はあまりに凄惨で、思わず目をそむけたくなる。

父と子の旅路

本作にはひと組みの父子が登場する。彼らには名前がない(というか、本作ではほぼほぼ名前のある人物が出てこない)。少年の母親は、未来のないこの世界に絶望して命を絶ってしまっている。父と子にとっては「それぞれが世界のすべて」だ。他には誰にも頼ることが出来ない。

茫漠とした死の大陸を、ふたりは歩いていく。民家を見つければ食料が遺されていないかと内部を漁り、他の人間が来れば身を隠す。我が子を護るためであれば、父は殺人すらも躊躇わない。核戦争による核の冬が訪れているのだろうか。気温は下がる一方だ。故に、ふたりは南を目指す。

描かれているのは、緊張感に溢れた父子の旅路だ。「命の徴はどこにもない」荒野を、ただ歩くだけのストーリーである。どこもまでも続く一本の道。凍てつき、荒れ果てた、死の世界を往く父子の情景が、最後まで読み手の脳裏に残る。

善い者として生きる

食糧が自給できないこの世界では、食人が当たり前の行為になっている。そんな世界にあって、この父子は食人を善しとしない。あくまでも、通常の食物のみで生き延びようとする。父親は、子どものためなら、自衛としての殺人は厭わない。だが、子どもの方は、自分を護るためであったとしても父には人を殺さないで欲しいと願っている。

子の言う、「僕たちは今でも善い者なの?」「僕たちは人を食べないよね」「殺さないで」「パパを信じるしかないもの」といった言葉が、ピュアっピュアな子どもの目線が、父の人間としての良識を辛うじて繋ぎとめている。生存欲求の前に、良識が滅びようとしているこの時代。この親子は人類の尊厳が、極限状態化でどこまで保つことが出来るのかを問われているかのようだ。

火を運ぶ

「善い者」と並んで、本作のキーワードとなるのが「火を運ぶ」だ。作品の終盤で、遂に父親は病に倒れる。父と共に残ろうとする子に対して父は言う。

パパと一緒にいたいよ。
それは無理だ。
お願いだから。
駄目だ。お前は火を運ばなくちゃいけない。
どうやったらいいかわからないよ。
いやわかるはずだ。
ほんとにあるの?その火って?
あるんだ。
どこにあるの?どこにあるのかぼく知らないよ。
いや知ってる。それはお前の中にある。前からずっとあった。パパには見える。

『ザ・ロード』p322~321より

コーマック・マッカーシーの文体では、会話にカギかっこを使わない。そのため、会話文なのに、詩文であるかのような独特の雰囲気が醸し出される。

「火を運ぶ」とは、父が懸命に保ってきた、人としての尊厳、良識、矜持のことだろうか?共食いをするようになっては、人は動物と同じ領域に堕してしまう。人類の滅びはもはや避けがたいのかもしれない。だがそれでも、人として最後の一線を踏み越えてはならない。そんな父の最期の思いが託されているかに思える。

父は死ぬが、子は生きる。父の人生の道は終わるが、子の道はまだ続いていく。ラストシーンで子が「善い者」たちに出会うことが出来たのは、本作でのただ一つの救いと言えるかもしれない。

『ザ・ロード』映画版

なお、『ザ・ロード』は2009年に映画化されている。監督はジョン・ヒルコート。父親役ヴィゴ・モーテンセン、子どもの役をコディ・スミット=マクフィーが務めている。

Amazonプライムでの配信はないみたい。有料でも見てみたいけど、配信やってるところないのかな?レンタルビデオ店がなくなってくると、こういう時困るよね。

ザ・ロード(字幕版)

ザ・ロード(字幕版)

  • ヴィゴ・モーテンセン
Amazon

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